第4回 「桜を見ると思い出す」

                                       前山 光則


 前回は長野県の浅間温泉で見た「咲いてみせ散ってみせたる桜かな」の句碑のことに触れたが、早春の信濃路にまだ桜の花の咲く気配なぞなかった。今、旅を終えて約3週間が経つ。3月下旬の熊本県南地域はうららかに春風が吹き、山にも野にも桜がいっぱい咲いている。
 桜を見ていると、『不知火海と琉球弧』(弦書房)の著者の故・江口司さんのことが思い出されてならない。彼が亡くなったのは、2年前の3月31日。強い風が吹き荒れて、方々で桜吹雪が見受けられた。そのような日に有明海と不知火海の境目あたりの三角半島へ出かけて行き、不慮の事故により亡くなったのだ。
 本棚から『不知火海と琉球弧』を取り出し、読み返してみたが、民俗学の本としてだけでなく土地の風物や人情を記したエッセイ集でもあるなあと改めて感心した。書名が示すように、江口さんは不知火海(八代海)と沖縄とを交互に巡りながら土地の習俗を探り、昔の人たちの生活とものの見方に思いを馳せるのである。土地の人たちとの対話が、また、なかなか良い。江口さんは、ちょっと宮本常一の上の段を行くような気やすさで人々と接して話を抽き出す。水俣病に苦しみつつ現代社会の病根を凝視する漁師・緒方正人さんに「イオは消えてはおらん。イオを資源として見た人間に見えんごつなっただけタイ。イワシは帰ってくっですよ。但し、人間が滅びっときですな。そんとき甦るですよ。イオはな、天にのぼっとるですよ。それで、今年の旧暦7月の十六夜をイオマンテンの夜にして、イオが甦るように祈ります」と、きわめて暗示的なメッセージを語らせているのは、その代表例だ。江口さんの民俗調査は、昔のことを調べながら、実は現在ただいま生きている人たちの内面へも深く分け入っていたのだ。

 来週、親しかった者たちで集って、彼を偲びつつ酒を酌み交わすことにしている。それまで桜がまだ散らねばいいが。

(2010年3月27日・土曜)