第5回 「『昭和』が匂い立つ」

                                       前山 光則

 敬愛する写真家・麦島勝さんに昔の写真を見せてもらいたいと頼んだら、50ccバイクでわざわざわが家まで持って来てくださった。麦島さんはいつもバイクで行動なさるのだ。今年83歳になられるのだが、いたって元気。50ccバイクを駆使して100キロも200キロも走って撮影をなさる。車体にまだ新しい感じの傷が入っていたから、どうしたのかと訊ねたら、「山奥は滑りますからなあ」、なんでも、雪道を走っている時に転倒してしまったのだという。いやはや、そのがむしゃらぶりには圧倒される。

 たくさんの写真の中から、まず1枚目。あ、ああーっ。思わず声を挙げてしまった。昭和32年10月に大相撲が熊本県八代市で巡業を行なった時の写真だそうで、化粧まわしをはめた横綱が2人、天幕の内側で談笑している。腕組みして寛いだ顔しているのは、栃錦である。もう1人は自転車に手をかけたまま後ろ向きであるから、顔を見ることができない。しかしふっくらしたお尻からして、鏡里だ。2人がにこやかに語り合っている傍らで、洋服姿ではあるが頭には丁[ちょん]髷[まげ]をしている男の人が楽しそうに見守っている。真剣勝負の本場所では決して見られない光景だが、よくまたこのような場へ麦島さんは果敢に潜り込んだものであった。

 次に、昭和30年代の中頃に球磨川[くまがわ]の最上流部の村で撮ったという1枚。学童4人が一心に家の奥を見つめており、その奥にあるのはテレビである。彼らは村のテレビ持ちさん宅へ押しかけて、この珍しい文明の利器に見とれているのだ。帽子も衣服もいかにも高度経済成長以前の時期のものである。テレビの左横にポスターかカレンダーがあって女優の姿が写っているが、まだうら若い有馬稲子だ。
 たった2枚だけでも「昭和」という時代が濃厚に匂い立つ。時代の雰囲気をたっぷりと画面に焼き付けてくれる、これが麦島勝さんの本領だな、と改めて思ったのだった。もう1枚、あと1枚…、時間を忘れて麦島ワールドに浸ってしまった。 

(2010年4月12日・月曜)