連載コラム: 『本のある生活』 2011.04.28

第48回 春の夜、熊本城で

前山 光則

 今まで能楽というものに関心が持てなかった。はっきり言って、退屈。毎度、しっかり鑑賞しなくっちゃと力んで舞台の方へ目を向け続けるのだが、やがて眠気に勝てなくなる。
 でも、4月23日(土)の夜はこの古典芸能にグンと近しさを覚えた。熊本城の中にある加藤神社で、山形県鶴岡市に伝わる黒川能を観たのである。なんでも、「加藤清正公生誕450年没後400年記念事業」として神社が招いたのだそうで、知り合いのM氏がチケットを下さったから行ってみたわけである。
 神社境内に作られた臨時能舞台のすぐ後ろには楠の大木が聳えて、今、初々しい若葉が茂っている。そのまた背後に城の石垣と天守閣。申し分のないロケーションである。M氏と並んで椅子席に座り、5時30分開場、6時開演。初めはまだ明るかったが、やがて次第にあたりに闇が忍び寄ってきて、幽玄の気配がただよう。主催者や黒川能代表者の挨拶のあと、舞台を清めるための「舞台祭り」と称した儀式が行われて、最初の能が「黒塚」である。中入りをはさんでから狂言「瓜盗人」と能「猩々」、あわせて3番が演じられた。
 奥州の安達ヶ原で行き暮れた山伏が荒野の中の一軒家を見つけて宿を乞うのだが、家にいた女が実は鬼女であったという「黒塚」、これはよく知られていて結末が分かっていながらやはり怖い。狂言「瓜盗人」での、案山子に扮した畑主と盗人とのやりとりも絶妙であった。なんというか、全体に素朴さがある。厳かに演じるかと思うと、巧まざるユーモアが随所でひょいと出る。M氏によれば、今春流や喜多流など洗練された流派に比べて、黒川能の方が笑いの場面がはるかに多いそうである。文字通りの庶民芸能ということだろう。後ろに控える謡(うた)い・鼓・笛・太鼓の人たちも日焼けした顔を引き締めて、しかしそれぞれの役目をいきいきとこなしている。特に太鼓については、手さばきに絶妙のものがあって、しばらく見とれたほどであった。
 くぐもったようなしゃべり方で、台詞(せりふ)が、初め分かりづらかった。しかし、ようく聴いていると東北特有の訛(なま)りだ。たとえば「案山子(かかし)」は「かがす」と聴こえる。そうか、そうなのだと知って一段と親しみが湧いた。土地の人たちがはるかな昔から護り伝え愉しんできた芸能なのだな、と実感できる。チラシの説明によると、黒川集落の能楽は500年以上もの伝統を持ち、現在は約240戸のうち子どもから長老まで約150人が参加している。演目数は能540番、狂言50番というから伝承力の凄さに感心する。このたびの大震災は、たいした被害もなくて済んだそうである。
 全演目が終了したのが9時過ぎ、気がつけば全身冷え切っていた。M氏とわたしは熊本城近くのなじみの居酒屋に立ち寄り、しっかりと体を温めてから家に帰ったのであった。

▲能「黒塚」。まだあたりは明るくて、さほど寒くもなかった

▲能「猩々」。猩々が喜んで酒を酌んでいる場面。もうあたりは暗くなり、寒かった。でも、わたしたちは酒など呑もうとも考えず、熱心に観つづけたのであった
こんなのもアリマス

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