第53回 1人で旅をした時は……

前山 光則

 梅雨に入って、よく降る。今日も朝から雨、好きな散歩もあきらめた。つまらないなあ。
 梅雨季に1人で旅をした3年前のことがしきりに思い出される。5月末から6月上旬にかけて東京・沼津・軽井沢そして群馬県内をゆっくり巡るという、約2週間の収穫多い旅だったが、悔やまれることも結構あった。
 たとえば、草津温泉の町なかで果物屋に誰もいない。でも覗き込むとガラス戸越しに老夫婦が見え、背中を丸めて炬燵に当たっている。思えば草津は標高約1200メートルのところにあり、遠くの山々には名残り雪が見えて、まだまだ寒いのだ。お爺ちゃんお婆ちゃんに話しかけてみたかったのだが、ズカズカと奥へ入る勇気がなぜか出て来なかった。
草津では湯治の人たちが集団で行なう「時間湯」を体験したかった。沸騰点に近い高温の湯を長い板を使って揉んでやわらげ、ちょっとのあいだ湯に浸かる。やがてまた熱くなり、湯から上がってまた揉み直す、この繰り返しをするのだ。そこで、時間湯のところへ行ってみたら、中から軍隊式の号令が響く。「おう!」と応じて湯揉みする音が聞こえる。まことに厳格なやりかたで、ビビってしまった。
 六合村(くにむら)の花敷(はなしき)温泉に泊まった朝、散歩してみたら15分ほどで尻焼(しりやき)温泉に出た。谷川べりに露天の共同浴場があって、湯がこんこんと湧き、熱くて、しかも男女混浴とのこと。大いに惹かれながらも、いや浸かっている時に女の人が来たらどうしよう、と尻込みしてしまい、入浴せずに引き返した。
 旅館の対応が良くなかったのが、吾妻(あがつま)渓谷の川原湯(かわらゆ)温泉である。なぜだかこちらを警戒するふうな態度がありありだった。でも、今思うと、あそこは八ッ場(やんば)ダム建設計画でさんざん苦労させられている。こちらのほうから積極的に話しかけて、ダムに水没することの複雑な胸の内を語ってもらえばよかったのだ。
 前橋市では、気まぐれにフラリと上毛電鉄に乗ってみたまでは良かったものの、電車に揺られているうちにあまり遠くへ行くのは不安だな、と腰が引けてきた。赤城駅で下りて、付近の商店街を見てまわってから引き返したが、後で地図で確かめたらあと1駅か2駅先が桐生駅で、駅近くには渡良瀬川も流れているではないか。しかし、後の祭りであった。
 他にいくつも悔やまれることがあって、原因はすべてわたしの積極性のなさ、これに尽きる。思えば、旅行好きでありながら1人で長旅をしたことがほとんどなかった。複数で行動すれば「おい、どうする?」「行ってみよう!」「うん、せっかくだからな」などと気が大きくなって色んなことにチャレンジするくせに、1人になった途端、内気で弱気で引っ込み思案になってしまったわけである。
 のびのびと一人旅できる人はエライ、と思う。外の雨を眺めながらため息つくのである。

▲草津温泉湯畑。町の真ん中にある源泉。毎分約4000リットル湧出。PH2.1という強い酸性湯で、目がチリチリする

▲尻焼温泉の共同浴場。小屋の中に湯が湛えられている。混浴で、しかも無料なのだ。入浴しなかったのが何としても残念!