連載コラム: 『本のある生活』 2011.09.07

第65回 秋風に吹かれる鯉幟

前山 光則

 9月2日・3日、友人とともに福島県へ出かけ、詩人・若松丈太郎氏の案内で南相馬市の原町区・鹿島区を見て歩いた。
 ほんとは、かつて2度訪れたことのある小高区(旧小高町)に入り込みたかった。戦後派作家の埴谷雄高の出身地だし、島尾敏雄の父祖の地でもあるから、ゆかりの家々や墓所などが遺っていた。お世話になった人たちの家もある。しかし、原町区と小高区の境い目で警察官に阻まれてしまい、果たせなかった。
 その代わり、若松丈太郎氏が立ち入り可能な地区内をあちこち案内してくださった。若松氏の家はJR原ノ町駅の近くにあって、3月11日は揺れがひどく長く続いて家財や蔵書がバタバタ倒れたり棚から落ちてしまったが、家は壊れなかった。だいたい原町区は地盤がしっかりしているため地震に強いのだという。「小高区の方が液状化現象も起きたりして、壊れ方がひどいですよ」とのことである。若松氏にとってつらかったのが原発事故で、しばらく福島市の方へ避難せざるを得なかった。詩集『北緯37度25分の風とカナリア』(弦書房)等で原発の危なさを指摘してきた人が、こんどは自ら原発難民とならねばならなかったのだ。
 市街地を抜けて海岸部へ入った途端、様相が一変した。目の前に瓦礫(がれき)の荒野が広がるのだ。荒野の果てに海がまた広がり、台風のあおりを受けて白波が寄せ、岸にぶつかっては弾ける。若松氏が「以前はずっと木々が生い茂っていて、海は見えなかったのです」とおっしゃる。それが、海岸の松林や家々の防風林を大津波がいっぺんに攫(さら)っていったため、今はこんなにも広々と視界が利くようになってしまったのだという。
 そして、異臭がする。考えてみれば、津波が陸地を襲ったのだから、生活排水もヘドロもガソリンも汚物等も何もかもがごっちゃになって渦巻いた後、台地に浸みているのだ。
一番胸をしめつけられたのが、萱浜というところで見た鯉幟(こいのぼり)である。このあたり民家がいくつもかたまる集落だったのだが、津波にごっそりやられてしまった。行方知れずになった家族が帰って来られるよう、目印にとの思いで鯉幟が上げられ、そしてそれはずっと上げられたままなのだという。鯉は、千切れそうなほど傷んでいた。
 また、海から4キロも5キロも入り込んだ道端や田んぼの中やらに、大きな漁船が幾隻も放置されていた。「この先の海岸に漁港があるので、このあたり船があちこち押し流されてきているのです」とのことである。片付けようにも、まだまだ手が回らないのだ。
 何もかもが強烈で、ほとんど言葉を失うくらいであった。でも、この目で見たこと、鼻先が嗅ぎ取った異臭、これらのものを忘れずにおこう。来て、確かめて、よかった。確かめなければ分からなかったのだ、と譫言(うわごと)のように自分に言い聞かせた。

▲原町区と小高区の境界検問所。原発事故さえなければ、こういう検問所も要らないのだ。警察官もご苦労なことなのだ

▲鯉幟。海からの風がわりと吹くから、鯉幟もよく泳ぐ。今にもちぎれそうな姿、切ないものがあった

▲田園の中の漁船。かなり大きな船が横たわっているが、ここらから海は見えない。津波はこんなにも遠くまで船を押し流したのだ
関連書籍

詩集「北緯37度25分の風とカナリア」
こんなのもアリマス

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