第66回 柴又散策

前山 光則

 先だっての旅では東京へも立ち寄った。そして、9月1日には東京に住んで1年半になる娘と一緒に葛飾柴又をぶらついた。
 京成金町線の柴又駅を下りて、駅前のフーテンの寅の銅像を横目に見ながら歩く。間もなく帝釈天前の参道筋である。鰻屋・佃煮屋・草だんご屋・土産物店・達磨屋・駄菓子屋といった店々がぎっしり並んでいる。渥美清主演の映画「男はつらいよ」で知られる界隈だが、その日は平日で、空模様もよくなかったためか人影まばらであった。で、まずは帝釈天の境内に入って行き、本堂の前に立つ。両手をしっかり合わせてうやうやしく拝み、さあて、これでゆっくり遊べる。
 娘が、おみくじを買いたい、という。ほう、お寺にもそんなものがあるのか。そしたら、境内の隅に獅子がおみくじを咥えて落としてくれる仕掛けのものと、あと一つ「寅さんおみくじ」と名付けられた神殿の形の販売機があった。じゃあ寅さんの方を引いてみたい、と娘がお金を入れたが、はて、出てこない。付近で掃き掃除をしていた寺男さんに訴えたら、「うん、インチキじゃねえんだがね、良くそうなるんだ」、陽気に答えて箒片手にガチャガチャやってくれた。でも出ない。坊さんも駆けつけて首をかしげかしげ努力してくれたが、駄目。「獅子舞の方に乗り換えようか」「寅さんみたいに役立たずな販売機だね」「バーカ、それを言っちゃあ、おしまいよ」とワイワイ騒いだが、なんだか映画の中に実際に入りこんだかのような気分であった。
 帝釈天の斜め裏にある「寅さん会館」は、昭和の風景・風物が再現されていたり、映画の名シーンの数々が観られたりして楽しかった。でも、早く江戸川へ出たい。娘を連れて道を渡り、土手を越えて、川を見渡す。広々とした河川敷の中に見覚えのある木立が見えて、そこへ下りて行く。矢切(やぎり)の渡しである。胸をワクワクさせて近づいて行ったものの、残念無念、臨時休業であった。
 だが見よ、この景色、ここに来ただけで満足とせねばならぬ、としきりに自分に言い聞かせた。渡し賃、100円と書いてある。ここを舟で渡れば、向こう岸の右手には千葉県市川市の国府台。放浪の画家・山下清が育った施設はそこにあるし、高台の麓は『万葉集』にうたわれた美女・真間手児名(ままの・てこな)のいたところである。矢切の渡し一帯は、昔なら伊藤左千夫の小説「野菊の墓」の舞台として知られていたが、「男はつらいよ」シリーズが当たってからは忘れられがちになった。それと、ちあきなおみの演歌「矢切の渡し」、あれは良い。あとになって細川たかしも歌ったが、ちあきなおみほどの情趣がないからなあ、などと呟きながら引き返した。
 参道に戻って鰻屋で昼食をとり、そのあと別の店で名物の草だんごとかき氷を食った。「草だんごとかき氷は相性が良いね」「うん、そうだな」、娘と父は妙に意見が一致した。

▲帝釈天門前。駅から歩いて5、6分、もう目の前に帝釈天がある。正式の名は経栄山題経寺。日蓮宗の寺である

▲出てこないおみくじ。結局、坊さんが鍵で開けておみくじを取り出してくれた。「小吉」であったが、ま、良い。欲張らないことだ

▲矢切の渡し。せっかく舟に乗りに来たのに……、あーあ、あたりには初秋の川風がむなしく吹くばかりであった