連載コラム: 『本のある生活』 2011.09.21

第67回 思い出横丁?

前山 光則

 前回は柴又で遊んだ話だったが、東京ではもうひとつ好きなところへ行った。
 娘と一緒に新宿三丁目の中村屋へ行った日のことである。中村屋は菓子屋としてもカレーのおいしい店としても定評のある老舗で、大正時代にはインド独立運動の志士を匿(かくま)ったりロシアの詩人エロシェンコが身を寄せたりしたということでも知られる。初めて入ってみたのだったが、評判通りでほんとにおいしいカレーだった。
 さて、それからである。時刻はまだ午後9時前、あと1軒立ち寄るだけの余裕はあるな、と思う。すると、我慢ならなくなるのだった。新宿駅東口の前へ出て、そこからガードの下を抜けて西口の方へまわる。ガード沿いに焼鳥屋や居酒屋、定食屋等がズラリと並ぶ一帯、ションベン横丁である。平日の宵の口、まだ酔客は多くないが、うまそうな臭いがただよう。ヤキトリの煙が見える。店々から熱気が溢れてくる。
 ここらは終戦後、闇市だったのだそうである。昭和40年代前半から6年近く東京にいたが、仕事や夜学が終わってアパートに帰る途中、よくここで飯を食っていた。御飯と味噌汁と、あとは色々のおかずが棚に並べてあるので、その中から選ぶ。安い値段で食えた。あるいは、ポン友たちと一緒に居酒屋へ入り、安酒を呑んだ。大ジョッキにホワイトリカーを入れておき、そこへホッピーというビール色した炭酸水をドボドボと注げば、生ビール同然の見かけになる。それを呑みながらヤキトリを囓るのは、安上がりで楽しかった。たまには伊豆七島名産のくさやの干物を焼いてもらい、臭いの何のってありはしない。でも、病みつきになるほどにうまいのだった。
 そんなふうに思い出のいっぱい詰まったションベン横丁、「志の笛」という居酒屋に入り、カウンターに坐った。よく冷えた濁り酒を注文し、肴はあっさり冷や奴。娘はハイボールを呑む。チビチビやりながら路地を行き交う人たちを眺めたり、店のお姐さんとダベったりしていると、気分がだんだん若い頃に帰っていき、あの頃呑みすぎて終電車に乗り遅れたなあ。議論しすぎて、ポン友と殴り合いになった、などと次々に思い出が甦ってきて、おっと、こうしたみっともない話は娘にゃ語れないゾ、といった次第で久しぶりにションベン横丁の雰囲気に浸ったのだった。
 ところが、である。
 旅から帰って自分の撮った写真の整理をしてみたら、変なのだ。なんと、ションベン横丁の入り口に大きく「思い出横丁」という字が見えるではないか。エッ、これは、何なのだ。友人に電話して聞いてみたら、「ずいぶん以前からそう呼ばれているゾ、知らなかったのか?」と呆(あき)れたような声だった。「初耳だったなあ。確かに思い出をたくさん残してくれているが、尻がこそばゆくなる名前だ」「でも、ションベン横丁ではガラが悪かろう」「うむ、それはそうだろうけど……」、わたしは未練たらたらの声になっていた。

▲新宿駅西口の飲み屋街。「思い出横丁」が正式名称だなんて、ちっとも知らなかったなあ……。でも、たとえそうであろうと通称「ションベン横丁」はフメツである!

▲居酒屋・志の笛。昭和26年創業だそうで、実に良い雰囲気の店である。木曽谷で醸されたという濁り酒は絶品だった
こんなのもアリマス

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