第97回 イギリスはあまりに遠し

前山 光則

 4月上旬から、わが家は毎日賑やかだった。
 イギリス人の母子3人が遊びに来ていたのである。母親のKさんは、だいぶん以前にわが町で英語を教えていた。久しぶりの日本訪問であった。夫のL氏も来たかったのだが、どうしても仕事の都合がつかなかったそうだ。長女のEちゃんは15歳。長男T君、12歳である。2人とも親に躾けられて器用に箸をつかうことができるし、椅子の上にちょこんと正座するから可愛らしい。もっとも、あちらでは他人の前でそのような坐り方をすると「行儀悪い」と言われるそうで、かわいそうである。米飯が好きで、飯を海苔で巻いて楽しそうに食べる。マヨネーズで和(あ)えたり、梅干しをおかずにすることもある。
 ある日、外へ食事をしに行くことになったのだが、彼らは寿司を食いたいと言いだした。それならば鮨をつまみながら、酒も呑みたい。だけど金がかかるなあ、と気になったが、彼らとしては回転寿司が良いのだそうであった。それで、連れて行ったら、数々の寿司皿がベルトに載って次々に現れるのを、食べるのは二の次で目を輝かせて見ている。早く食べろよと急かせたいが、こちらは英語がちっとも上手に喋れないのでもどかしい。彼らが言うこともさっぱり分からない。英語のできる女房が会話したところによると、イギリスでも都会に行けば回転寿司屋があるそうで、だけどネタが古いし値段が高い。日本に来ると安いし、ネタの種類も多くて新鮮だ。やはり本場の寿司は違う、と絶賛したそうだ。
 EちゃんとT君を連れて近所を散歩すると、通りがかりの人たちが注目する。中には「あらまー、フランス人形のごたる」と誉めるおばちゃんがいた。「うんにゃ、イギリス人形ですバイ」と応じながら、自分が誉められたわけでもないのにえらく嬉しかった。
 彼らは一ヶ月近く滞在して連休明けに帰って行ったが、女房もわたしも途端にさみしくなった。イギリスには19年前と13年前の2回、旅したことがある。また行きたくなったなあ、と思いにふけっていたら、ポン友からメールが届いた。それが、なんということ、「7月になったら、イギリスのスコットランドに旅行しようと思います。一緒にいかが?」との誘いだ。おお、その時期のスコットランドは涼しいし、さくらんぼがあちこちで実っている。スコッチもリアルエールもうまい。大いに心が動いたものの、しかしメールで所要経費を聞いてみたら、目ん玉が飛び出るほど高いではないか。諦めるしかなかった。
 今、萩原朔太郎の「ふらんすへ行きたしと思へども/ふらんすはあまりに遠し/せめては新しき背広を着て/きままなる旅にいでてみん……」という詩を思い出している。ああ、フランスだけでなくイギリスもあまりに遠し。せめては今日の晩酌、ソーセージでも肴にしてウイスキーを舐めてみようか……。

▲くまモングッズ売り場。くまモンは熊本県が誇るゆるキャラである。これを土産に持たせようと思い、EちゃんとT君を連れてくまモングッズ売り場で選ばせた

▲駄菓子屋にて。子ども2人と一緒に立ち寄った店。安い駄菓子だけでなくおもちゃ等も売ってある。Eちゃんは紙風船と笛ラムネ、T君は駄菓子をいろいろ買った