連載コラム: 『本のある生活』 2012.08.06

第109回 能古島にて

前山 光則

 一週間前、福岡市で高倉健主演の映画「あなたへ」の試写会を観た。映画の後は親しい人たちと酒を呑んだのだが、その折り若い友人N氏とピタリ意見が合って「明日は能古島で昼飯を食べよう!」ということになった。 
 さて、一泊して翌日、島へ渡ったのである。昼飯の場所だが、船着き場の近くに「かもめ食堂」という店があって、素朴なたたずまいだ。N氏が「これですよ、M女史が推奨してたのは」と声を上げた。そう、昨晩、自分たちが能古島のことを話し合っていたら、「ぜひかもめ食堂に行くといい。魚が新鮮だし、いい店よ。でも、もしかして廃業してないかしら」とMさんが言ったのだ。そのかもめ食堂が現存したのだから、それだけでも嬉しい。
 まだ昼飯には早いから、かんかん照りの下、島内を歩いた。能古島は「火宅の人」等の作品で知られた作家・檀一雄が終(つい)の棲家としたところであるが、歌碑があるという。なだら坂を汗かきながら登って行ってみた。碑面に「つくづくと櫨の葉朱く染みゆけど下照る妹の有りと云はなく」とあって、亡くなった妻を想って詠んだ歌だそうだ。もっと上へ登れば自らの死の数日前に詠んだ句「モガリ笛いく夜もがらせ花ニ逢はん」を刻んだ文学碑もあるそうだが、とにかく暑いので引き返すことにした。もっとも、道草も食った。竹藪への入り口に空のペットボトルが吊されているのを、N氏が「なんだろう、これは」と首をかしげる。しばらくは二人でああでもない、こうでもないと考えたが、何なのか分からなかった。それから白鬚神社というところで参拝したし、能古うどん製造所を覗いてみたりもして、食堂に着いた時には午前11時過ぎだった。
 アジの南蛮漬けを肴にビールを1本注文したら、アジもビールも実においしい。両方ともお代わりする。気さくなおばちゃんが、ビールの銓を開けた後、店のすぐ前の船だまりを指さして、アジは朝のうちにそこへ水揚げされたものを仕入れて、揚げて、漬け込んだのだと説明してくれる。豊かな生活だな、と感心する。そしてイカや鯛やらのふんだんに載った海鮮丼をモリモリと食った。「魚が豊富で、良かですね」と言ったら、おばちゃんが「でも、昔と比べて海が汚れてきたし、この頃は猪も多いんですよ。猪の子はかわいいけどね」と愚痴るのでビックリ。昔は島の中に猪なんていなかったのに、この頃はなぜか増えて、家の近くにも出没するのだそうだ。N氏が注目したペットボトルも、猪の害を防ぐための対策の一つだという。
 話を聞くうちに、トロンとしてきた。N氏が「昨日の映画を思い出しているとでしょ」と冷やかす。いやいや、ビールの酔いが……いや、そう言えば高倉健扮する主人公が亡き妻のお骨を海へ散骨するシーンは、ジーンと来たなあ。それに、ここは主人公がフラリと立ち寄っても不思議でないような雰囲気を持つ店だ。なんだか、本格的に酔いそうだった。

▲あれが能古島だ。姪浜(めいのはま)渡船場から乗って約10分、船賃も片道たったの220円。気楽に行けるなあ、と思った

▲かもめ食堂。店を見つけたとき、窓が開いているので、これは営業している証拠。ヤッホー、これで大丈夫、と二人とも喜んだ

▲謎のペットボトル。最初は中に砂糖水でも入れてあり、昆虫が寄ってきたところを捕らえるためのしかけかな、と勘ぐったのだったが、猪を威すための仕掛けであったとは!

▲能古うどん製造所。つけ麺タイプの細打ちうどんである。コシが強くておいしい。直接買えるかどうか聞くとき、N氏が一緒にいたから助かった。一人だと、気が引けて尻込みしがちなのである
こんなのもアリマス

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