連載コラム: 『本のある生活』 2012.09.21

第114回 残暑の街を歩いた

前山 光則

 こんどの旅は、東京も結構見てまわった。
 8月30日、昼前、JR山手線大塚駅で降りて都電荒川線に乗り換えた。ガタゴトガタゴトと50分ぐらいを終点の三ノ輪(みのわ)駅まで揺られて、あとは歩いたのである。東に約1キロ行けば泪橋あたり、いわゆる山谷のドヤ街だ。でもわたしは南の方を見たかった。1キロ弱歩くと吉原遊郭跡である。
 残暑厳しい中を汗かきながら歩きまわったが、吉原の規模には実に感じ入った。町内が二つ、スッポリと入ってしまう広大さである。
 「廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お歯ぐろ溝(どぶ)に燈火うつる三階の騒ぎも手に取る如く、明けくれなしの車の行来(ゆきき)にはかり知られぬ全盛をうらなひて、大音寺前と名は仏くさけれど、さりとは陽気の町と住みたる人の申き、三嶋神社の角をまがりてより是れぞと見ゆる大厦(いゑ)もなく、かたぶく軒端の十軒長屋二十軒長屋……」
 樋口一葉「たけくらべ」の冒頭部分である。遊郭を取り囲んでいた「お歯ぐろ溝」は、今は道路と化している。遊郭で遊んだ客たちが帰っていく際にうしろ髪を引かれる気持ちで振り返ったとされる「見返り柳」の場所は、確認できる。作中でいずれ娼妓となる運命の少女・美登里(みどり)はひそかに龍華寺の御曹司・藤本信如に心を寄せるが、この寺のモデルは引用文中の「大音寺」なのだという。この大音寺も、さらに「三嶋神社」も見て歩いたので、「たけくらべ」の舞台をすっかり体中で感じ取った気分になったのだった。
 一帯には現在ソープランドが多くて昼間から客引きをやっており、独特の雰囲気がただようのだが、そのような中をいくらも歩かないうちに浅草へ出た。強い日射しの下、浅草寺(せんそうじ)があり、雷門があり、仲見世では人が押し合いへし合いの混雑だ。場末の演芸小屋に1500円払って入ったら、そこは駆け出しのコメディアンたちが出演するところなのだった。観客は、わたしを含めてわずか4人。若いコメディアンたちが次々に出てきて熱演するが、悪いけどまだ下手である。笑えなくてしらけているうちにコメディアンの顔がひきつってきた。それがおかしくてついつい失笑した途端、座が和んだ。不意に吉原のことが甦ってきた。あそこは、娼妓たちが自らの春を売って、借金を返すまでは外へ出られぬ苦界であった。だが、そのような苦界からちょっと歩くだけで、ここは庶民の他愛もない娯楽の場…、歩いてみなければ実感できないなあ、としみじみ思った。
 終ってから外へ出ると、さっきのコメディアンたちが客の呼び込みをしていた。これも彼らの仕事なのだろう。その中の一人に「また来るからな。熊本県に居るから、いつになるか分からんけど」と声をかけたら、「エッ、ボ、ボク、熊本の益城出身です」、顔がクシャクシャになった。かわいい顔であった。

▲樋口一葉記念館。台東区立の記念館。資料・遺品などしっかり揃えてあり、とても役立つ。一葉文学だけでなく、吉原遊郭や東京の昔についても知ることができる

▲見返り柳。吉原大門のすぐ近くである。ここへ歩いてゆくとき通りすがりのご婦人に道を尋ねたら、苦笑しつつも教えてくれた。女性としては複雑な感情なのだろうか

▲若きコメディアン。君らの熱演は忘れないゾ。しっかり芸を磨いて早く一人前になれ!……ん、芸名は、何て、言ってたっけ?
こんなのもアリマス

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