第115回 朗読劇を味わった

前山 光則

 9月21日、さわやかな日本晴れ。第13回「九月は日奈久で山頭火」のメインイベントであるシンポジウムが、八代市日奈久町の木造三階建て旅館金波楼の大広間を会場にして行われ、俳優の中村敦夫さん自作の朗読劇「鴉啼いてわたしも一人——山頭火物語」を味わうことができた。相方として出演したのが、劇団民芸の佐々木梅治さん。中村さん扮する山頭火が自身の生涯を語る、すると横合いから佐々木さん担当の陰の声が批判的な言辞を投げたり、茶化したり、時に同情・共感もする、という展開である。その掛け合いが山頭火の遍歴放浪を相対化もすれば立体化することにもなり、深みのある朗読劇であった。
 朗読を聴きながら、中村敦夫さんの姿にも見入った。この人はかつてテレビで木枯紋次郎役を演じて一世を風靡し、「あっしには関わりのねえこって」とのニヒルな台詞は流行語となった。その俳優が山頭火を演じる。さて、サマになるのだろうか。あの紋次郎の印象がつきまとうのではないか、と心配していたのだが、中村さんは見事に山頭火になりきっていた。もしかして、紋次郎と山頭火は同じような雰囲気を有するのかな、などと考えたくなるのだった。それと、この頃はNHKのドラマ「負けて、勝つ」で幣原喜重郎の役を演じているが、出演者たちの中で存在感が際だっている。中村さんは風格のただよう役柄が似合うのだなあ、と思う。
 御本人は、もっと深いところで役柄というものを考えている。実はイベントの前夜、中村敦夫さん佐々木梅治さんご両人とわれわれスタッフとの夕食会が持たれた。その折り、故・渥美清が山頭火役をやりたがっていたが、とうとう実現しなかったという話題が出た。このことについて中村さんに「渥美清は、どんなにうまくメイクして山頭火に扮しても、フーテンの寅のイメージが強すぎてみんなが笑ってしまいますからね」と言ったら、「いや、それは違う」とおっしゃる。中村さんによれば、渥美清は素晴らしい俳優である。だが、どんなに人を笑わせても渥美自身の目は笑っていなかった。これに対して、山頭火は人と笑いあうときには自分の目も自然と穏やかになごむ人だったろう、と中村さんは捉えているのである。それだから、目が笑わない渥美清はどうしても山頭火になりきることができないわけである。エー、この人はそのようなことまで視ているのか、と、それこそ目から鱗が落ちる思いだったのである。
 朗読劇の後は中村さんを囲んでの座談会も行われた。席上、中村さんは、南方熊楠がたいへん好きだし、宮沢賢治にも関心を持つ、とおっしゃる。熊楠・賢治、そして山頭火……なんだか西欧的な人間中心主義とは違う、自然との共生を志向する系譜が見えてきそうな気がしてもっと詳しく聞きたかったが、残念、時間切れとなってしまった。

▲朗読劇。向かって左が中村敦夫さんで、左が佐々木梅治さん。佐々木さんはこの朗読劇に共演するのは初めてだそうだが、ちっとも淀みなく演じて、さすがプロである

▲中村敦夫さんを囲む座談会。左から2番目が中村敦夫さん。山頭火について考えていることや俳優としての苦労話等、ざっくばらんに話が聞けた

▲参加者、約200名。80畳敷きの大広間にギッシリであった。朗読劇のあいだは雑音を入れてはいけないので冷房を切ってあって暑かったが、みんな熱心に鑑賞した。座談会になると冷房も入って涼しかった