連載コラム: 『本のある生活』 2012.12.25

第127回 この1年

前山 光則

 こないだの総選挙は自民党が圧勝した。民主党政治の不様さは厳しく批判されて当然だったが、だからといってすぐまた自民党に政権を託してしまう民意の軽薄さ。日本国の迷走はまだまだ続くこと間違いないと思う。
 それはともかく、1年が過ぎるのがはやかった。今年、自分は何をしてきたか。この連載コラムはせっせと続けた。それに熊本の月刊俳句雑誌に詩人・淵上毛錢の評伝を連載しはじめたし、八代のタウン誌のエッセイ連載も途切れなかった。その他いろいろ……だから、勤勉でなくともサボリはしなかったことにはなろうか。でも、大切なものを失った。
 このコラム前々回で山口の湯田温泉へ遊びに行った話をレポートしたが、あの帰り道、携帯電話が鳴って訃報が入った。熊本在の同級生Iが急死したというのである。愕然として、しばらく言葉が出せなかった。享年、65歳。熊本県立人吉高校に入学して知り合ってからのつきあいだから、交友歴はもう50年ということになる。成績優秀で、高校生の頃から小学校の教員になる、と言っていた。事実その通りの道を歩み、しかも普通の教員でなく自閉症児の教育に携わった。現場での仕事ぶりが熱心だったのは言うまでもないことで、その上、勤務校に在籍したままで熊本大学や神奈川県の研究所に国内留学し、専門の研修をみっちり重ねる等、彼はいわば自閉症児教育のパリパリの専門家であった。その彼が、平成20年に定年退職してから体の調子が悪くなった。要因はいくつもあろうが、やりがいのある仕事から離れたことが一番大きかったのかな、と、今では思う。心配だったから、電話したり会ったりするたびに「焦らんで、気長に治せば良かよ」などと声をかけていたものの、彼には何の力にもならなかったわけである。本を読んだり、孫をかわいがったりとかはしていた。だが、大きな川へ出かけて鯉釣りをするのが好きだったのにさっぱりしなくなった。そしてあの世へ去ってしまった。
 一昨年、子どもの頃からの仲良しだった画家Uが膵臓癌で逝った。この度はIの急死である。Uの場合は画業半ばとは言いながら最後まで描き続けた。しかし、Iの方は失速して力の出ない感じのまま、それも突然逝ったから、友人として不憫でもあるし、歯がゆくてならぬ。ともあれ、2人とも同級生の中で最も気安くつきあってきただけに、親をなくした時よりもはるかに寂しい。彼らとのつきあいを振り返っていると、つい最近のことのようにいろいろのことが鮮明によみがえる。親友との50年間がこんなにも短く感じられるのだから、一年間などアッという間に過ぎてしまっても別に不思議ではないわけだ。
 わたし自身は、今まで癌を3度わずらってまだ死なないでいる。生きられるだけ生きてやる、と自分に向かってうそぶいている。
 来年もどうぞよろしく!

▲人吉城址。球磨川に面した山城である。IやU等と度々この城址へ遊びに行った。川で魚取りに興じたこともある

▲行きつけの居酒屋。熊本市中央区城東町の「カリガリ」という店。同級生Iが熊本市に住んでからはここでよく酒を呑んで、騒いで、議論した。Uも何度か来ている
こんなのもアリマス

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