連載コラム: 『本のある生活』 2013.05.07

第144回 饂飩・鯰・花袋

前山 光則

 三浦半島を歩いた翌日には群馬県の館林市へ行った。朝ゆっくり起きたので動き始めた時には午前10時を過ぎており、だから館林駅に着いたのは午後1時20分であった。
 ここらは饂飩(うどん)屋が多い。5年前に来た時には、分福茶釜伝説で知られる茂林寺から市の中心部へ歩いていく途中、古風な店で食べた。その折り、饂飩麺のおいしさにビックリしたことが忘れられない。今一度その店へ行きたいが、女房も一緒であり、わたしも充分に空腹だったので、駅から歩いて10分程のところにある饂飩屋で我慢することにした。そこは新しい造りの店なのでさして期待もせずに出てきた饂飩を口にしたところ、いやいや、麺に程良くコシと味があるし、ツユも口によくなじむ。わざわざ電車に乗ってやって来た甲斐があったのである。とにかくその日は饂飩を食べたい一心だった。
 わたしがツルツルと饂飩を啜っていたら、女房が「天ぷらもおいしい」と言った。それでそちらも口に入れてみると、眼が覚めるような食感だ。饂飩のおかずみたいにして膳に置かれた一皿だが、コゴミ(草蘇鉄の若芽)やタラの芽や蕗の薹が揚げて盛りつけてある。その揚げ方が実にパリッと気持ちいい感じに仕上がっており、饂飩以上に愉しめる。
 天ぷらの中に一つだけ、サッパリした味わいでありながらモッコリとした感触のものがあった。実はこれは鯰だった。そう言えば、4年前に田山花袋の小説「田舎教師」の舞台を見てみたくて館林の近く羽生市へ行ってみた時、土地の人が「川魚では、鯰を今でも食べますなあ」と語ってくれたのを思い出す。そう、鯰はうまいものなのだ。小さい頃、川で鯰を捕らえて家に帰ると祖母がきまって蒲焼きにしてくれていたが、鰻に劣らぬ味でいつもすごく嬉しかった。成人してからは素焼きにしたのが味噌汁に入れてあるのを食ったこともあり、クセのない良い味だった。あれから数十年、今ではふるさと球磨川流域でも鯰を食膳に載せるなどとはさっぱり聞かなくなってしまったが、しかしここらではまだ普通に食べられているわけだ。感心した。
 昼食を終えたら二人とも元気が出た。春らしい陽気の下、城沼(じょうぬま)と呼ばれる細長い沼地まで30分ほどかけてテクテク歩いた。あちこちで躑躅(つつじ)が花盛りだ。沼のほとりが公園になっているので休憩した後、田山花袋記念文学館を見学した。近くの花袋の生家も覗いてみた。田山家は士族だったのだが、屋敷はいたってこじんまりした平屋で、「質素」という他はない。花袋もこの土地で育ったから鯰は食っていたのだろうか。ただ、「田舎教師」には饂飩屋も出てくるし泥鰌や鮒等の川魚を商う男も登場するが、さて鯰までも売っていたろうかな。旅行から帰ったら本をめくって確かめてみよう、などと、とりとめもなく考えるのだった。

▲月見饂飩と天ぷら。これだけ食えば満腹になった。関東平野の奥の方は小麦がよくとれるのだそうで、だから饂飩もうまいのだ。それに、天ぷらの衣も小麦粉である

▲躑躅(つつじ)。市内のあちこちに躑躅が植えられ、今、花盛り。5年前に来たときは入梅直後で、菖蒲が美しかった。館林は花を愉しめる町だ

▲田山花袋生家。もともとは近くの城町にあったのだが、昭和56年にここへ移築されたのだという

▲田山花袋胸像。生家の脇にこの胸像が建てられている。愛嬌のある顔つきだなあ、と思う。昔、フランキー堺という名優がいたが、とてもよく似ていないだろうか
こんなのもアリマス

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