連載コラム: 『本のある生活』 2014.04.17

第183回 さよなら、カリガリ

前山 光則

 若い頃から親しんできた熊本市のカリガリという店が、3月いっぱいで店を閉めた。
 カリガリは船のキャビンのような造りで、入って右手にテーブルと椅子の席、店の奥がカウンターになっていた。入れるのは全部で20人ほどだろうか。開店したのは昭和46年10月10日だそうである。「水俣病を告発する会」が、砂糖労働組合の全国組織で活躍中だった松浦豊敏氏を水俣病闘争の指南役として迎える際にこの店ができた。松浦氏と氏に連れ添ってやってきた磯あけみさん、この2人が店を切り盛りし、闘争の拠点となった。
 わたしが知り合いに連れられて初めてカリガリへ行ったのはその3年ほど後で、石牟礼道子・渡辺京二・松浦豊敏の3人の責任編集による季刊雑誌『暗河(くらごう)』が創刊されて間もなかった。松浦氏は俳優の高倉健に似て格好よく、ただ若い頃大陸で死の行軍を経験したとか、各地で大きなストライキを指導したとかの数々の逸話の持ち主で、優しいけど妥協を許さぬ厳しさがいつもあった。氏は去年亡くなられた。店に来る渡辺京二氏がまたすごい思想家で、近づきがたいオーラを放つ。石牟礼道子さんは一言一句にイメージが豊かに詰まっていて、ボヤーッとして聞いていたって理解できない。他に出入りする人たちも、みな店に来てよく酒を呑み、語り、時に騒ぐが、ちゃんとした生活者でありつつ自分の世界を有する人たち揃い。色んな人からずいぶんと鍛えてもらったなあ、と思う。呑みすぎて迷惑かけたことも数えきれない。
 よそからの客で印象深いのは、男では谷川雁氏だった。高貴な雰囲気の人だが、その思想やユーモアや皮肉やらは人並み外れて新鮮だった。女性では歌手の浅川マキ。昼間、陶芸家たちの催しで素人のわたしも発言させられたので喋ったら、会場の隅から「あんた、知識人でしょ。知識人って不自由ね」と暗い顔して皮肉ったのが浅川マキさんだった。しかも、夜、カリガリで呑んでいたら彼女がまた現れた。今度は気さくに呑み、語ってくれて、昼と夜とのえらいな違いが忘れられない。
 3月16日には熊本市内のホテルで店の閉店を惜しむ会「さらば、カリガリの日々」が催され、あちこちから210人もの客たちが集まった。会の途中で昔の写真がスライド上映されたが、なじみの面々や亡くなってしまった人たちやら続々登場して、皆さん若々しい顔つきだ。店の外で年末に餅つきをやっている映像が出た時、髪毛フサフサでスリムな体付きの青年が杵を持ち上げているのが映った。よく見入ったら、わたし自身であった。ああ、月日は夢のように流れてしまったのだ。
 その会が催されてから3月末日までには2週間あったわけだが、連日客が多かったという。最後の31日はわたしも呑みに行きたかったものの、どうしても都合がつかなかった。カリガリの閉店はほんとに名残惜しかった。

 
 
写真①「さらば、カリガリの日々」会場

▲「さらば、カリガリの日々」会場。熊本市のKKRホテル。今、松浦(磯)あけみさんが挨拶していて、出席者たちはしんみりと聴き入っている

写真②カリガリでの二次会

▲3月16日、カリガリでの二次会。店内に入れたのは20人ほどであったか。店の外の路上で酌み交わす人たちもずいぶんいた。むろん、違う場所に流れていったグループもいくつかあったろう

 

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