連載コラム: 『本のある生活』 2014.05.23

第186回 励ましのケッサク

前山 光則

 この頃、9年前に大病を患った時どうだったかということを友人に語って聞かせる必要が生じた。友人は似たような病気が見つかり、現在、不安でしかたない様子なのである。入院前後の心境やら抗癌剤点滴治療のこととかを、日記等を引っぱり出してふり返っている。
 4ヶ月近く入院して治療を受け、手術してもらった中で最もつらかったのは放射線照射だった。放射線は、初め10回目くらいまでは痛くも痒くもなくて楽ちんだった。だが、徐々に下咽頭の患部を中心にひどい火傷状態になっていった。食事する際に喉の感覚を麻痺させる液体を飲んでからでないと食べものが入らない。寝ても覚めても痛い。合計37回の照射が終了した際には、不覚にもポロリと涙が落ちたなあ……、そんなふうに思い出をたどるうちに甦ったのが、見舞いにきてくれた人たちの「励ましのことば」である。
 ケッサクがあったわけで、その第一がY女史だ。遠慮深く物静かな方だが、発想がユニークだし、超天然である。わたしが抗癌剤の副作用の吐き気や放射線照射による喉の火傷状態に苦しんでいるのを目の前に見て、いたく心配してくださった。「でも、ね、前山さん、考えつめない方が良いですよ」と優しい声でおっしゃる。「エ、ええ」、応じながらもわたしは苦しい。Yさんは続けて、「他にも、ほら、ホスピスもあるからね、そこだったら苦しんだり痛がったりせずに入院生活ができるそうよ」と説いてくれるのだった。いやあ、これには参った。一緒に来ていた人が「そんな、ホスピスだなんて!」とYさんをたしなめ、ホスピスがどういうところであるか教えてやると、Yさんは「あら、ま、ご免なさい」と、えらく恐縮したようであった。
 Yさんの超天然に対して、同級生K君の場合は医者としての専門的「励まし」である。彼はふるさとの町で大きな病院を営んでいるのだが、ある日わざわざ100キロ近くの道のりを車をとばして見舞いに来てくれた。同級生だから、兄弟みたいに気安く喋ることができて、副作用の吐き気や体のだるさなんか忘れてしまうくらいに愉しい時間を過ごすことができた。さて帰り際、K君はわたしの両手を握りしめて「おい、サイゴまで諦めちゃいかんゾ、サイゴまで」と力強く励ましてくれた。わたしも「うん、ありがとう」、うなずいた。だが、なぜ「サイゴまで」なのか。K君は、どうも、俺の病状を最悪の絶望的なものと判断しているわけか? そう思い当たり、背筋にズーンと寒気が走ったのだった。
 わたしと同じ病気になって落ち込んでいる友人には、これらケッサクを伝えてやろうと思う。そして、患者としてはへこたれてしまう「励まし」であるが、「見舞いに来てくれた人の善意は信じてやりましょうね」と言ってやるつもりである。つらくとも、そのくらいの余裕を持たなくては病気と闘えない。
 
 
 
写真 9年前に入院した病院

▲9年前に入院した病院 熊本大学付属病院である。あのときお世話になって以来、ずっと体を診てもらっている

 
 
 

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