連載コラム: 『昭和の子』 2015.03.31

第七十三回 出版の楽しみ、よろこび

三原 浩良

◆他社の3冊を2冊にまとめる
 出版不況のなかの地方出版の経営事情をくどくど書いてきた。自分で書いておきながら言うのもなんだが、経営の苦労なんて書くほうも、読まされるほうも面白くもなければ、楽しくもない。出版とはもっとわくわくする、楽しい仕事のはずだ。
 芥川賞作家の村田喜代子さんを紹介してくれたのは、たしか装丁家の毛利一枝さんだった。村田さんが講師をつとめる福岡の朝日カルチャーセンターのあるビルの地下でビールを飲みながら雑談をかわした。
 まもなく村田さんから相談を受けた。新潮社と文藝春秋社からだした3冊の短編小説集が絶版になっているので、編集しなおして再刊できないかという相談だった。
 むかしから、「文学界」「群像」「新潮」の三誌が〝文芸三誌〟と呼ばれ、純文学御三家としてしのぎをけずっていた。各誌とも新人賞を設定して新人発掘をこころがけ、デビューを果たした作家たちは、それぞれ濃淡粗密はあってもこの三誌に作品を発表することが多い。自社の文芸誌に掲載された作品は、まず例外なくその社から単行本になって刊行される。村田さんの絶版になっている短編集三冊もそうだった。
 A誌に掲載した作品とB誌掲載の作品が、テーマや素材など同じ傾向であっても、単行本になるときには泣き別れになることがある。作家が同傾向の作品をまとめて一冊にしたくても、掲載誌がちがえばそうもいかない。出版社側はできれば作家を囲い込みたいから、なかなか作家の思惑通りにはいかないのである。おそらく村田さんは愛着のある、傾向の似た作品をまとめておきたかったのだろう。
 そんな文芸出版のありかたにかねがね疑問を抱いていたわたしは、いちも二もなく「やりましょう」とこの依頼に応えることにした。しかし、絶版とはいえ、出版権はもとの出版社にあるから、両社の了解が必要になる。さいわい文藝春秋社は旧知の編集者を通じて了解をもらい、新潮社には村田さんが交渉してくれてなんとか了解が得られた。
 こうして、二社の三冊の単行本が同傾向の作品をまとめたアンソロジー、『X電車にのって』『ワニを抱く夜』の二冊になって葦書房から刊行できた。
「これは画期的なことですよ」と、秋田・無明舎出版の安倍甲社長から電話をもらった。文芸出版の内情を理解したうえで、評価してくれたのが大手出版社の編集者ではなく、地方出版の同志であったことがうれしかった。

◆編集者のよろこび
 その翌年(2000年)のこと、日ごろあまり企画を出さない編集者の藤井里美君が「こんな企画があります」と提案してきた。満を持してのことだったのだろう。
 彼女が朝日カルチャーセンターの村田さんの「文章教室」にひそかに通っていることは知っていたが、自身の文章力を磨くためだろうと思っていた。ところが彼女はこの講座をもとに村田さんが朝日新聞(西部版)に連載中の「村田喜代子の文章口座」に手をいれてもらい、一冊にまとめられないかと言う。村田さんも乗り気になって、たちまち決まった。
 タイトルは『名文を書かない文章講座』。「文章講座」は谷崎潤一郎や井上ひさしなど名だたる名文家をはじめ多くの作家たちも出している。名文を逆手にとったタイトルも面白いが、なによりも「漱石から山下清まで例文どっさり」の実践的な内容が文章をこころざす人には歓迎されるに違いない。
 朝日新聞出版局の編集者は「朝日新聞連載の記事だから、ぜひウチから出したい」と村田さんに申し込んだらしいが、「先に葦書房の編集者が熱心にすすめてくれたから」と説得してくれた。藤井君の熱意が村田さんを動かした。
 村田さんはこの本のあとがきで、藤井里美君のことを「朝日カルチャー「名文を書かない文章教室」の異端の生徒で、この風変りな本の出版企画を持ってきてくれ、とうとう実現させてしまった」と書いている。
『名文を書かない文章講座』は、ブリューゲルの絵をあしらった毛利一枝さんの装丁で刊行され、「名文を書きたい人」たちからよく求められ、売れに売れる大ヒットになった。
 正確には憶えていないが、版を重ねて2万部は売れたのではなかろうか。大手出版社なら2万部で大ヒットとは言わぬだろうが、葦書房のような地方の小出版社にとっては大ヒットである。『名文を書かない文章講座』は事情あって、いまは「朝日文庫」におさまっている。
 
 
 

こんなのもアリマス

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