連載コラム: 『昭和の子』 2015.06.01

第七十六回 弦書房を起ちあげる

三原 浩良

◆「葦書房の灯を消すな!」
 葦書房を追われ、残務処理が一段落したところで、「このまま終わってなるものか」という思いがわいてきた。自身の思いもさることながら、「葦書房の灯を消すな」と、たくさんの人たちから寄せられた署名やメッセージにどう応えればよいのか。
 これまでに培ってきた多くの著者とのつながりや、宙に浮いてしまった企画のことを考えると、無念の思いを残したままで終わりたくはない。
 久本時代の葦書房で『グラバー家の最期』などの著書もある多田茂治さんからは「拙著を出してもらった社会思潮社が倒産、三一書房が全身不随、加えて葦書房も大波と、お世話になった出版社が次々と危殆に瀕し、痛恨の思いです」とたよりをいただいた。多田さんの新しい著書の企画も進行途中だった。
 出版不況のさなか、あらたに出版社を起ちあげるのは容易なことではない。いや起ちあげるのは容易かもしれぬが、持続していけるのか。交流のあった長野県の出版社の友人は、似たような経験のあとで新たに出版社を起ちあげたが、間もなく挫折していた。くわえて20年前からつづけてきた葦書房の個人保証がとうとうこげつき、信用保証協会や国民金融公庫から代位弁済を求められ、資金も枯渇しそうだ。
 あれこれ思い悩んでいたとき、ポンと背中を押してくれたのは石風社代表の福元満治君の「創業も結構面白いものですよ」というひとことだった。以前葦書房にいたこともある彼は「葦書房悪夢の解任劇」と題した新聞への寄稿を「酔った久本三多氏の口癖は『闘え!闘え!』だった」と結んでいた。
 そう言えば、葦書房を引き受けたときも「これは大人のクラブ活動、部活のようなものだ」とあまり深刻には考えなかった。何とかなるさ、と再起を決断して準備にはいった。
 葦書房の編集責任者だった小野静男君は、ひと足先にひとりで再起の準備をはじめていた。希望する元の同僚たちはすべて受け入れるつもりだったが、みんなそう甘くはないとわかっているから「出版はもういいや」と異業種に仕事を求める者などそれぞれで、結局わたしをふくむ4人の元葦書房社員で再出発することになった。

◆放たれた弦は若い人たちの手で
 こうして2002年暮れ、出版不況の白波の立つ大海に小さな出版社が船出した。書肆の名は小野君の提案で「弦書房」となった。
 ケストラーやオーウェルの翻訳で知られる英文学者の甲斐弦さんは、葦書房から数冊の小説や歴史書を刊行していたが、敗戦後の自身の経験をつづった『GHQ検閲官』の編集を小野君が担当、二年前に亡くなった甲斐さんを偲んでその名をもらっての命名であった。
 福元君の言うとおり、創業はなかなか楽しいものだった。手はじめに事務所をさがし、机や椅子など最小限の事務機器さがしに古道具屋をまわり、中古の複合コピー機さがしには遠くまで出かけた。
 中心部のワンルーム・マンションを二室借りて、事務所と倉庫に充てることにした。ITにあかるい知人はパソコンを贈ってくれたうえにホームページまでつくってくれた。窮すれば通ず、である。これらの諸経費しめて七十余万円。出版社は電話一本でできる、なんて言われるが、何と安あがりにできるものだと我ながら感心した。
 全国の書店に本を流通させるためには、取次店(問屋)に口座を持たねばならない。さっそく上京して、旧知の大手取次店のトーハンや日販の幹部に相談にのってもらったが、新規参入の契約条件はきわめて厳しい。そんな条件ではとてもやっていけそうにないとわかり、大手取次との契約はあきらめ、これまで長い付き合いのあった地方・小出版流通センターと契約した。
 翌年5月から新生弦書房のあたらしい本が次々に書店に並んだ。高木尚雄『地底の声』、島尾ミホ・石牟礼道子対談集『ヤポネシアの海辺から』、菊畑茂久馬『絵かきが語る近代美術』、渡辺京二対談集『近代をどう超えるか』、中山喜一朗『仙厓の○△□』、多田茂治『夢野久作読本』『玉葱の画家』などなど、いずれも旧知の著者たちの力作ぞろいである。数えてみるとこの年は5月からの半年の間に7点も刊行している。
 その後も2004年10点、2005年9点、2006年17点、2007年16点、2008年11点と新刊を送りだしてきた。
 なかでも野見山暁治『パリ・キュリイ病院』、佐木隆三『改訂新版 復讐するは我にあり』はいずれも大手出版社が重版をしぶって絶版になっていた本の復刊で、小出版社ならではの仕事として印象に残っている。
 前者は最初に講談社、のちに筑摩書房が刊行した野見山さんの最初の著書で、野見山ファンからの復刊の要望が強いことを知り、25年ぶりに復刊した。今年になって重版したと聞いてうれしかった。既刊書が売れなくなっている出版不況のなかで、息ながく売っていくことは至難のことと言ってよい。
 後者は佐木さんの直木賞受賞作だが、これも絶版になって久しく、著者の希望であらたに手を入れて「改訂新版」として刊行、版を重ねたあといまでは講談社文庫にもはいっている。
 渡辺京二『江戸という幻景』は、葦書房時代に刊行した不朽の名著『逝きし世の面影』(いまは平凡社ライブラリー)の姉妹編とも言える著作で、向こうが来日外国人の目とおして描かれた江戸・明治の姿だとすれば、こちらは日本人の目がとらえた江戸の人々の生きいきとした諸相を活写した書きおろしで、刊行当初から増刷をつづけている。
 こうして歩みだした弦書房は創業10年を過ぎ、著者や関係者の協力をえて順調な歩みをつづけているが、2008年、後事を小野君に託して弦書房を去ることにした。
 当初から「70歳引退」と心づもりだったが、予定を一年過ぎていた。「葦書房の灯を消すな」という声に応えることができたのであろうか。
 
 
 

こんなのもアリマス

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