第231回 鮠の甘露煮を買う

前山 光則

 先月の17日と18日は用があって大分県日田市へ出かけた。日田は好きな町だ。知り合いの人が三隈川畔の日田温泉郷に宿をとってくれたから、川の近くを散策することができた。ここらは水辺に散歩道路があるので、川面を見たり遠くの山並みを眺めたりしながら歩けて、ゆったりした気分になれる。無論、宿の温泉に伸びのびと浸かることができた。
 次の日、朝の6時少し前だったか、宿の下駄を履いて近くを歩いてみたのだが、菓子舗、川魚料理屋、居酒屋、土産品店、鮨屋等が並ぶ。鮨屋は、ずいぶん昔に鮎の姿寿司を買ったことがあり、あれはとてもおいしかったなあ、まだメニューに入っているだろうかと思いながら歩いていたら、大きな白壁の家があって、「川魚甘露煮・鮎うるか」の店である。すでに店が開けてあり、近寄って中を覗くとうるかを入れる容器や大きなタモ網などが見えるのでそそられた。店に入ってみたかったが、いくら何でもまだ朝早いから遠慮した。
 午前中いっぱいで用が終わり、今から帰ろうかという頃になって連れのS氏につきあってもらい、白壁の家へ行ってみた。店先で「こんにちは」と声をかける。じきに中年の男の人が出てきたので、「鮠(はや)の甘露煮を一箱お願いします」と言った。そしたら店の人が畏まった顔で「しばらく待っていただけますか」、こうおっしゃるので、正直とまどった。だが、「ご注文を承ってから箱詰めするんですよ」とのこと。真空パックしたのを店先に並べるようなことはしないのだそうだ。こちらが承知すると御主人はすぐに店の裏へ引っ込んで行った。「いちいちこうなさるのかな」「面倒だろうに」、同行してくれたS氏と小声でそんな会話をしながら待った。御主人は、冷蔵庫に大切に保管されている甘露煮を取り出して、ビニール袋に入れた後、箱に詰める。蓋をする。それをまた包装紙でていねいに包むのだったろう。待っていると、五分ほどで甘露煮が運ばれてきて、御主人は「お持ち帰りの際にひっくり返したりなさると汁が漏れ出るかも知れませんので、ご注意ください」と言って渡してくれた。また、一度中を開けたら、残った分はタッパーに入れて冷蔵庫に保存してほしい。そうしないと、魚の身がどうしても固くなってしまい、おいしさが減じてしまう、とのことであった。
 家に帰り着いて包みをほどいてみたら、甘露煮の入ったビニール袋は今時珍しい木製の折箱に詰められていた。木の香りがうっすらと匂って気持ちいい。甘露煮を口に入れてみると、7センチほどの小型の鮠は身が柔らかくて、程良い甘辛さで、丹念に大切に煮てあるのだと察せられた。炊きたての御飯と一緒に食べてみたところ、サイコー! 大きな川に沿った町ではたまに川魚の甘露煮を売っている店を見かけるが、こんなにおいしいのは初めてだった。日田がますます好きになった。
 
 
 
写真①夜の三隈川

▲夜の三隈川。対岸に近い方には屋形船が浮かび、よく見えなかったが鵜飼い舟も寄ってきているのだそうだった。ああいう船で涼みたいもんだ。しかし、いやいや、遊びで行ったわけではない。我慢した

 
 
写真②朝の三隈川

▲朝の三隈川。河岸には昨夜の屋形船が繋がれていた。三隈川はここらからしばらく三つに分かれて流れる。下流では「筑後川」と呼ばれるのである

 
 
写真③甘露煮を買った店

▲甘露煮を買った店。右半分が模型店で、プラモデルやラジコン模型などが売られている。左半分が川魚甘露煮・鮎うるかの店である。同じ人がやっているのか、それとも別々の経営なのか、聞きそびれてしまった

 
 
写真④鮠の甘露煮

▲鮠甘露煮。型が小さいので、柔らかくて、丸ごと食べることができる。捌いて、素焼きにして、乾燥させ、醤油・砂糖・水飴・寒天などを加えてコトコトと煮るのだろうから、たいへんな手間ひまである