連載コラム: 『昭和の子』 2016.02.10

第八十四回 「恙なしや友がき」

三原 浩良

◆失神・昏倒の末に
「ブログが更新されてないが、どうかしたのか」と複数の人から聞かれて困った。たしかに一ヵ月以上書いていない。いや、書けなかった。実は以下のような事情があったからだ。

 昨秋亡くなった佐木隆三さんの〝お別れの会〟から帰ってみると――いや、実は師走の北九州・小倉での〝お別れの会〟に参列しようと出かけたが、会場近くの回廊で失神・昏倒し、救急病院に運ばれ、〝お別れの会〟に参列できなかったのである。
 帰宅して驚いた。数通の「喪中により年賀欠礼」の知らせのなかに常松三郎の逝去を知らせる夫人からの一通があった。常松は高校一年次の同級生、というより「わだつみ会」や新聞部、シャケンの盟友であった。
 しかし、卒業後は東京の彼と九州のわたしは離れてしまい、ときたま同窓会で顔をあわせて歓談するくらい。一度いっしょに高校時代の恩師を訪ねたことがある。
 夫人によれば、癌の告知を受けて十ヶ月という早い逝去だったという。常松のこの年の賀状には「集団的自衛権はダメよ、ダメ、ダメ」と添え書きがあった。高校時代から一貫してブレない晩年だったようだ。
 それにしても、佐木さんも常松も、わたしと同年の昭和十二年生まれ。ふたりの逝去が重なったのはまったくの偶然なのだが、なにか因縁を感じてしまうのが、おかしかった。
 七十路をすぎて松江に帰郷して八年余、このあいだにも親しかった中学や高校時代の友人が鬼籍にうつっていった。みんな急ぐなあ、まだ早いよ、と思いつつもそんな年になったと思わざるを得なかった。
 唐突にあの文部省唱歌の一節、「如何にいます父母 恙なしや友がき」が思いだされて、うろたえた。

◆あと何回の晩餐?
 年があけて何だかやけに咳や痰が多いなあと気になり、呼吸器専門の大きな病院を受診した。CT検査の結果、「ああ、おかしなものができてますねえ」と、肺に癌が見つかった。肺気腫になったかな、という自己診断はあっさり覆された。
 別の総合病院であらためて気管支鏡検査の結果、「肺がん」と確定診断。しかも、肺がんのでもあまりタチのよくない「小細胞癌」、なかでも進行が早く、転移しやすい「進展型」だという。すでにステージ4、手術は無理、放射線治療も不可、化学治療(抗癌剤)しか打つテはないという。一年半前のCT画像には、そんな影は写っていない。異常に早い進行だ。
 5年生存率2~30%、1年生存率はさらに低い。参ったなあ。よもやそんなに余命が少ないとは。まだあれもこれもやり残しているのに!
 おなじ病院にやはり高校時代からの友人・原陽堅が、ステージ4の癌で入院していた。走幅跳で7M20の高校新記録をマークしたころの彼はわれらの星だった。つい先日、彼を見舞ったばかりの同じフロアの病棟に、わたしも入院することになった。その偶然に驚く。
 ま、そんなわけでこのところ、このコラムが書けなかったのです。
 このコラム「昭和の子」は、どうやら想定外の結末をむかえそうだが、弦書房サンから単行本にしてもらえる話もあるので、いますこし書き継ぐか、書き継げるかな、と思いながら〝闘病生活〟(延命措置)にはいります。
 山田風太郎センセイのひそみにならえば、あと何回の晩餐会ができるのだろうか。
 
 
 

こんなのもアリマス

Leave a Reply

(必須)

(必須)


Copyright © 2010 GenShobo. All Rights Reserved.