第251回 一件落着

前山 光則

 大相撲春場所が3月13日から始まる。
 初場所では大関の琴奨菊が初優勝し、しかも日本出身力士として10年ぶりということで大いに盛り上がった。この快挙にまつわって色々のことが話題になったが、その一つに取り組み直前の大きく胸を張って仰け反り返る精神集中法がある。というか、緊張している自分を解きほぐし、落ち着かせるための呼吸法だろうか。琴奨菊があれをやり始めると館内に大きな拍手が起こり、テレビで観戦するわたしも「よーし、頑張れ!」と声を出してしまうくらいだ。だが、ではそれをどう呼ぶか、である。「琴バウアー」か、あるいは「菊バウアー」なのか。わたしの記憶では、NHKのアナウンサーも両方の言い方を使った。初場所後の各局のニュースやバラエティ番組等で琴奨菊についての話題で賑わったが、そんな中でも「琴バウアー」と言う人もいれば「菊バウアー」派もいた。それが、先月中旬になって決着ついたのだという。
 新聞記事によれば、2月16日に日本記者クラブで記者会見が行われ、琴奨菊は例のポーズで記念写真に応じた。その後、琴奨菊の方から突然「決めてもらいましょう」と海外通信社の女性記者を指名し、意見を求めたので、指名された女性はとまどいながらも「琴バウアー」の方を支持すると答えた。するとそこでたちまち一件落着、今後あのポーズは「琴バウアー」と呼ぶこととなったのだそうだ。もともと本人自身は、初場所後に記者たちから問われた際に「琴バウアー」と答えていたと思う。しかし一方で「菊バウアー」の方も広まっていたわけで、その両方とも根拠があった。四股名の頭にある「琴」は、「琴錦」「琴櫻」「琴ノ若」「琴欧州」というふうに佐渡ケ嶽部屋の伝統に基づいている。片や最後に「菊」がつくのは、本名「菊次一弘(きくつぎ・かずひろ)」の頭文字から採ってある。だからどちらが良いのかは本人も決めかねて、「アンケートを取っていただけたら」と困惑していたふうだ。それが思わぬかたちで弾みがついて「琴バウアー」に落着したから、「大関は迷いが一つ減り、春場所の綱取りへまい進する」と新聞記者は記していた。
 大相撲力士には、以前から、塩をたくさん振りまいたり、「ハァッ!」と気合いの入った声を上げたりして館内を沸かせる人がいる。ああいうのは単なる思いつきでやっているはずはない。自分の気持ちを引き締めたり落ち着かせたりするには最もピタリとくるからそうするのであり、目立ちたいだけのパフォーマンスとは訳が違う。力士のそうした気合いが伝わるからこそ観客も喜ぶし、声援を送るのである。ただ単に作法通りのことをやっていても大相撲は盛り上がらない。ラグビーでも五郎丸選手のポーズは魅力的で、あれをやった上で劇的なプレーを見せてくれる。琴奨菊は琴バウアーで横綱を目ざせ!
 
 
 
木瓜の花

▲木瓜(ぼけ)の花。街を歩いていたら、裏路地で見つけた。派手なようでいて目立たない花だ。そういえば夏目漱石に「木瓜咲くや漱石拙を守るべく」という句があったなあ