連載コラム: 『昭和の子』 2016.03.09

第八十五回 「地上の星」の友がき逝く

三原 浩良

◆雪の日の連想
 やけに明るいなと思って7階の病室のカーテンをあけると、一面の銀世界だった。2月26日午前6時半、今年の寒波はなかなかにしぶとい。
 それで想いだした。「あの日、松江も大雪だった」と、母がもらしたことがあった。10日ほど前が母の命日だったが、入院中で墓参かなわなかった。
 昭和11年、2・26事件当日が両親の結婚式だったらしい。わたしの誕生1年半ほど前のこと、「昭和」が坂道をころげ落ちる雪だるまのように泥沼に突っこんでゆく、この日もそんな区切りの1日だった。
 このところ、「昭和の子」の連想は、なぜか「昭和の曲がり角」によく出逢う。わたしの誕生は翌年7月17日、その10日前の七夕の日に勃発した盧溝橋事件から日中戦争が本格化してゆく。
 病院に見舞ってくれた友人親子の娘さんが「つれずれにめくってみて」と安野光雅の『絵のある自伝』をおいていった。めくりはじめてすぐに、「七月七日」が目に飛びこんできた。
「いつもは七夕の日なのだが、わたしは盧溝橋事件勃発の日と覚えている」とある。安野はわたしより11は年上のはず、ならばこのとし十歳、津和野でむかえたこの日のことをつづったあと、「そのころから灯火管制がはじまり、黒い覆いの下からもれるわずかな光の下で勉強した。やがて日本は名実共に暗くなっていった」とむすんでいた。
 ひとまわり上の安野の自伝だから、当然、戦時中や戦後の日々についても書かれている。晩年になって肺がんがみつかり、放射線治療でガンを抑え込んだことまで書かれていたので、身につまされて一気に読んでしまった。

◆われらが〝地上の星〟逝く
 でも病床で毎日そんなことばかり考え、天下国家を憂えているわけではない。
 まったくの偶然なのだが、前回紹介した高校の同期生、原陽堅君と東西はなれているとはいえ、同じ7階の病棟で入院生活をおくっていた。
 昭和30年(1955)のインターハイ走幅跳、たしか彼は7m20を跳んで優勝した。三段跳でも6位入賞、高校時代の彼は文字どおりわれらの〝地上の星〟だった。中央大に進んでからもインカレで再三いい記録で跳んでいた。
 昨秋、見舞ったころにはまだ会話もできたが、入院後に見舞うとアイコンタクトできても、意思疎通はかなわなかった。告知からわずか4ヵ月、食道癌はこの頑健だったスポーツマンを向こうに連れて行ってしまった。

  地上にある星を 誰も覚えていない
  人は空ばかり見てる
  つばめよ 高い空から 教えてよ地上の星を
  つばめよ 地上の星は 今何処にあるのだろう

 唐突に想いだされた中島みゆきの「地上の星」をCDで聴きながら、病床から見送るほかなかった。

◆わたしの治療経過は
 2人にひとりは癌死する時代である。だれしも身のまわりに癌による死者がいるのが当たり前、そう思って前回、自身の肺癌をこのコラムで公表した。
「何ほどのことやある!」という思いだったが、これを目にした知己、友人からは次々に深甚な見舞いの言葉がとどき、かえってこちらが驚かされた。
 そうか、みんなやはり「明日はわが身」と思い、その後の病状が気になるらしい。3月7日、1ヵ月ぶりに退院した機に、その後の経過をしるしておくことにする。

 2月8日、松江市立病院に入院、PETなどの諸検査をすませ、薬剤や副作用のリスクなどについて、主治医と薬剤師から懇切な説明があり、15日から抗癌剤の投与がはじまる。
 まず副作用を抑制する点滴のあと、二種の抗癌剤を各1時間、およそ2時間かけて点滴で投与、翌日と翌々日、今度は一種の抗癌剤を1時間で投与、第1クールの抗癌剤投与はこれで終了。しかし、1週間後あたりから副作用が出はじめるので、その経過観察のため退院できない。
 さいわい顕著な副作用はみられない。髪の毛がどんどん抜け落ちて食欲やや不振くらいで、よく言われる強い吐き気などはほとんどない。だが、体のなか、肺のなかでなにが起きているのかはわからない。
 白血球が確実に減ってきた。投与5日後(22日)の6000が、3日後(25日)には2500、さらに4日後(29日)には2100まで落ちた。
 X線画像によれば、入院時の肺の影(癌)が、抗癌剤投与1週間後の23日には「明らかに小さく薄くなり、抗癌剤の効果が出ている」と主治医は言うが、減った白血球が戻らぬので感染症予防のため退院はしばらく延期、外出も禁止され、すぐ近くの書店にも行けない。
 3月3日、白血球は2400とやや改善、でもまだ低い。7日になってやっと4100に回復、退院許可が出た。
 体調をととのえて14日からふたたび入院して第2クールの抗癌剤投与がはじまる。こんな具合に4月、5月と第4クールまで抗癌剤投与がつづき、いったん休んで経過観察、以後はその効果次第、進行・転移次第ということになるようだ。
 
 
 

こんなのもアリマス

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