第266回 湖水地方を旅した時

前山 光則

 前回触れたように、アキコが訪ねてきてくれたものだから、彼女らの家に泊まらせてもらった時のことが懐かしく甦ってきた。
 それは、平成11年(1999)、二度目に家族や友人と一緒にイギリスへ旅した時のことだ。7月30日に出発、香港を経由して8月1日にロンドン着。そこからスコットランドへ飛んで、スペイ川流域のスコッチ蒸留場をあちこち見学してまわったが、ウイスキーよりも、スペイ川で親娘が水遊びをしていて、彼らが岸から飛び込むと水しぶきがあがり、その都度小さな虹が立った、その光景が今も忘れられない。4日になってわたしたち親娘だけで湖水地方へ移動し、夕方オクスホルム駅に着いた。駅にはアキコと母親のニコラが迎えに来ていた。当時のアキコは3歳か4歳、たいへん可愛い女の子であった。夫のジェームスは仕事で出張中とのことだった。ヨットや蒸気船がとりどりに浮かぶウィンダーミール湖を、案内してくれた。それから古風なたたたずまいの自宅へと連れて行ってくれたが、ニコラが暖炉の火を点けるときに石炭入れから野鼠がピョンと跳びだしたのはおかしかった。あちらは夏でも肌寒いので、暖炉の火に当たりながらアキコと弟のジャックが庭で遊ぶのを見ているのは心地よかった。
 5日の朝、目を覚ましたら、飼い猫のカーターが雀を捕まえて、それを見せに来た。家のすぐ裏を鉄道線路が走っているが、列車の姿が見えない。午前11時になってようやく蒸気機関車が煙を吐きつつ通ったのでアキコたちと一緒に手を振ったら、機関士も応えてくれた。ここは田舎なのだなあ、と感心した。その日も次の6日もあっちこっちの湖へ行って、水遊びをし、木陰でコーラを飲んでゆっくり休憩したり、遊覧船に乗ったりして遊んだ。名の通り、湖水地方は湖ばかりである。
 6日夕方、ようやくジェームスが幾種類ものビールを土産に抱えて出張から帰って来た。「ジェニング」とか「ブルーバード・ビター」「ホブゴブリン」「オールドスペックルド・ヘン」など楽しませてくれた。日本で飲むような冷やして飲むタイプでなく、常温で味わうのが最もおいしいビール。彼らはこれを「リアル・エール」と呼ぶ。味わいについては甲乙つけがたかったが、忘れられないのは「ホブゴブリン」だ。これは西洋の昔話に出てくる妖精が名の由来だそうで、ラベルに異様な鋭い目つき、曲がった鼻筋のホブゴブリンが描かれていて、アキコやジャックは怖がるが、わたしは親しみを持ったのだった。7日の朝、ジェームスに駅まで送ってもらった。
 結局、全部で2週間の旅のうち彼らの家に4泊させてもらったことになる。改めて感謝、感謝である。そして、また、これはもう早くも17年前のこと。アキコは立派な大人になってこないだ泊まりに来てくれた。時の過ぎゆく早さには、もう呆れるばかりだ。
 
 
 
スコットランドで買ったウイスキー

▲スコッチウイスキー。スコットランドを巡った時に、マッカランという蒸留場で買ったピュアモルトである。平成11年時点で12年ものだったから、もう蒸留して29年である。さぞかし熟成しておいしかろう