第267回 臨時ニュース

前山 光則

 7月18日の昼、家の者は球磨郡多良木町の寺に用事があって出かけたので、わたしは留守番。暇だからテレビをつけたら、高校野球の熊本県予選が映し出された。
 2回戦であった。試合をやっていたのは他ならぬ多良木の高校で、7回表、5対4の1点差で負けていた。相手は専大玉名高校、かつて甲子園にも出たことのある学校だ。やはり玉名が勝つのかねえと観ていたら、多良木高校の選手がバットを一振り、あれよあれよという間にボールは外野を抜いて場外へ消えてしまった。逆転の大ホームランであった。感心したが、でも大相撲名古屋場所の方が気がかりだったので、チャンネルを切り替えた。
 さて、夕方になって家の者が帰ってきた。そしてニコニコして報告するには、多良木町では寺の本堂を借りてちょっとした会議があった。会議の途中で議長さんのところに、「寺の坊守さんが耳うちしに来なさった」のだそうである。議長さんは横を向いてうんうんと頷いていたが、やがてその場にいる人たちの方へ向き直り、「エー、臨時ニュースです」、背筋を正した。出席者全員が静まると、「エー、多良木高校と専大玉名高校は、先ほどから接戦が続いておりましたが、今し方、多良木の勝利に終わったそうであります」と声を張り上げたのだという。「オー、オーオー!」会場は騒然となり、やがて「大きな拍手が巻き起こったのよ」と家の者は語ってくれた。なるほど、町を挙げて地元高校を応援する態勢がそうした場面で現れるのである。
 あとで夜のテレビニュースを観てみたら、多良木高校と専大玉名高校は、結局13対11で決着がついたそうだ。わたしが場外ホームランを観た時点からさらに両者ともに点を取ったり取られたりのシーソーゲームとなった、その結果、「接戦が続いておりましたが、今し方、多良木の勝利に終わった」ということになる。大相撲に惹かれずにそのまま観戦しておれば、まさに手に汗握る熱戦が味わえたはずだった。惜しいことしたなあ。
 そういえば、「臨時ニュース」に心和んだことが、以前、わたしにもあった。大相撲で若貴兄弟が活躍していた頃だから、20年ほど前になろう。八代市の日奈久温泉に、一軒の共同浴場があって地元民から親しまれているのだが、そこの老主人、いつもムッツリした顔で、笑ったことがない。客から風呂銭を受け取ると、すぐに番台の横に置いたテレビに見入る。近づき難い印象があったのだが、ある日の夕方、湯に浸かっていたら老主人がガラガラッと戸を開けて浴室へ顔を覗かせ、「皆様、臨時ニュースでございます」としかめ面のまま言った。湯槽には5、6人いたろうか、皆、緊張した。すると老主人、「エー、ただいま若乃花が負けました!」と声を張り上げたのである。皆、ドッと笑ってしまった。
 だから「臨時ニュース」って、好きだ。
 
 
 
温迫峠からの風景

▲温迫峠(ぬくみさことうげ)から見た盆地。球磨郡あさぎり町にある峠。人吉盆地内を眺めた風景だが、画面左上あたりからが「臨時ニュース」の寺のある多良木町だ