連載コラム: 『本のある生活』 2018.01.05

第316回 アッという間の1年だった

前山 光則

 謹賀新年。2018年、平成の世も30年となったのである。年末年始を慌ただしく過ごして、今、ようやく落ち着いたので、遅まきながら昨年のことを振り返っている。
 なんというか、「アッという間の1年だったなあ……」とため息が出るのである。いや、昨年は取り立てて格別の仕事をしたのでもない、それなのに時間の過ぎるのがとても速かった気がするわけだ。それで、自分の書いたこの連載コラムを読み直してみたが、なんてことだ。旅行のレポートが圧倒的に多いではないか。5月下旬から6月8日まで女房と共に北海道や東京方面を巡った。7月7日から9日にかけて、島尾敏雄生誕百年記念祭に参加するため鹿児島県の奄美へ出かけた。11月5日から7日まで、神奈川県海老名市へお喋りをしに行った。大分県日田市へは数度、これは遊びでなく用事があってのことだが泊まりがけで出かけている、といったふうだ。コラムに旅の様子を綴っているのだが、それも各地でうまいものを食べたことばかりが目立つ。「アッという間」とは、すなわちいかに享楽的な日々を送ったかの証左なのだ。
 ただ、秋に入って以後は身辺が落ち着かなかった。女房が入院した。その入院中の10月18日、わたしの姉が75歳で亡くなった。姉は、中学2年生の時、授業中に予備知識なしに生理が始まり、教室を汚してしまった。あまりに不意の、それも人の多くいる場所でのことであったためにショックを受け、それが引き金となって重篤な精神分裂症となってしまった。今で言う「統合失調症」である。以来、60年、この病気から解放されなかった。家で泣いたり笑ったり怒ったりするだけでなく、町へもさまよい出て通りがかりの人たちを戸惑わせることしょっちゅうであった。当時は電気ショック療法が行われていたが、人吉市内の病院でその療法を受けたら良くなるどころかますますひどい症状が出始めた。周りの者たちは姉の病気の快癒を願いつつも本人が狂うので、困ったものだと苦慮するばかりであった。わたしなども、家の中が混乱するし、街の人たちから嘲笑されたりするので、幼い頃、「姉ちゃんが居らんなら、ふんとに家が明るくなるとに」と、姉のことを恨んでいた時期があったほどである。治療費が嵩んで、わが家は経済的にとても苦しくなった。措置入院の扱いとなり、八代市の病院に入ったのが55年前だ。それからは金がかからなくなったが、病気はずっと治らなかった。だが、思えば、最もつらくて苦しかったのは当の本人なのである。自分がなぜこうも急に怒ったり、泣いたり、訳もなく笑ってしまったりするのか、ちっとも理解できぬままだったのだ。病院に面会に行ってやると、かならず「早う家に帰ろうごたる」と訴えていた。願いがかなわぬまま体が衰えてきて、他界してしまったのだが、息を引き取る時にたいへん穏やかな顔つきになっていた。苦しみつづけた果てに、今ようやく楽になれるのだな、と思ってやるしかなかった。
 それから、11月30日には熊本市の島田真祐氏が亡くなられた。77歳であった。島田美術館の館長であり、作家であり、何冊も著書がある。弦書房からも時代小説『幻炎』が出ている。若い頃からなにかとお世話になっており、最近体が弱ってきておられたので気にかかり、熊本へ出かける折りには美術館へ立ち寄ってみてはいたのだったが、もう少し長生きしてほしかった。亡くなられる前日、八代駅前の行きつけの喫茶店主・出水晃氏から「おい、島田さんが急に弱られたげなゾ」と声をかけられ、わたしも胸騒ぎがしてしかたがなかった。だから2人で朝早くから島田家へ押しかけてみたのだった。島田氏はベッドに端正な姿で寝て居ていた。「また一緒においしい昼飯でも食いにいきましょうよ、ね、ね」と手を握りしめて声をかけたら、うん、うん、と肯いてくださった。これがお別れとなってしまった。
 このコラム第285回で触れているように、昨年の1月20日には弦書房の創立者である三原浩良氏が逝去されている。人が亡くなると、胸の中に隙間風が吹いて、なんとも心が空虚になってしかたがない。ともあれ遊び呆けたり、大事な人が逝ってしまったりの1年だったなあ。
 なんだか湿っぽくなったけど、とにかく年は改まった。新年の抱負がこれといってあるわけではない。だが、不思議なものというか、他愛もないというか、カレンダーが新しくなったそれだけで気持ちもリフレッシュしている。本年も、どうぞよろしく!
 
 
 
機内から見えた富士山

▲昨年の忘れられない風景。機内から見た富士山である。昨年11月5日、熊本空港から羽田へ飛んだのだが、もうそろそろ着くのかななどと窓の外を見たら、富士山が視界に入ってきた。心が洗われる思いだった。この山はやはり美しい

 
 
 

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