連載コラム: 『本のある生活』 2018.03.22

第322回 現地を訪ねてみたくなる本

前山 光則

 最近、東靖晉(あずま・やすゆき)氏の新著『最後の漂海民《西海の家船と海女》』(弦書房)を読んで、ひじょうに面白かった。
 この本に登場する「家船(えぶね)」というのは家族で船を住み処とし、漂泊・移動しながら漁をする人たちであり、またその船そのものを指すこともあるそうだ。「海女(あま)」の方は、海に潜って漁をする女の人たちのことである。5年前にNHKテレビの朝の連続ドラマ「あまちゃん」で北限の海女たちのことが人気を博したから、よく知られているだろう。
 第一部「西彼杵半島・瀬戸の家船」、この舞台となるのは九州家船の根拠地だった西彼杵半島、長崎県西海市大瀬戸町瀬戸の向島といわれる集落だ。家船は土地に縛られずに、船を住みかとして漂泊的な漁労生活を営んでいたから、陸の定着民からは畏怖された。そして、一方で蔑視も受けてきたそうである。家船に関することが文献上に出てくるのは江戸期に入ってかららしいが、この本では古代の『肥前国風土記』『万葉集』に登場する「土蜘蛛(つちぐも)」「白水郎(あま)」「海夫(かいふ)」といった海人たちとの繋がりも考察されている。しかも、東氏は、西彼杵半島に多く出土する滑石(かっせき)製の「石鍋」にも目を注いでいる。この石鍋が、11世紀後半以降から大量に琉球列島へ運ばれたのだそうだ。そうなると家船と南島との結びつきも視野に入ってくるわけで、なんだか胸がわくわくしてくる話だ。
 西彼杵半島の家船は昭和20年代から30年代あたりで姿を消したというから、現在、船を住まいにして漁業を営むような生活形態は見ることができない。しかし痕跡があるわけで、東氏はそれを辿るべく西海市の大瀬戸町で現在の漁師からの聞き取りを詳しく行なっている。それによれば、藤川健次さん(昭和24年生まれ)は家船の伝統的な漁法であるアワビ漁や潜り漁などを忠実に承け継いできた。この人の家は、祖父が徳島県の海部(かいふ)郡から移ってきているのである。西彼杵あたりは他にも紀伊半島や和泉、阿波などから移ってきた人たちが多いそうだ。それから、以前そこらの海域に沖縄から糸満(いとまん)漁民が多く現れることがあった。こうしたことから、東氏は「肥前系の家船漁師と沖縄の糸満漁師の親近性が、そこから十分くみとれるだろう」と推察する。海に生きる人たちの行動範囲の広さは、陸上生活者の感覚をはるかに超えているわけだ。この本は、こんなぐあいにして読者を時間・空間の旅へと誘(いざな)ってくれる。
 第二部「対馬・曲の海女」の方がまた面白い。登場するのは、長崎県対馬市厳原町、曲(まがり)集落の海女たちだ。伝承によれば、曲の海女は筑前鐘崎(現在の福岡県宗像市)方面から移って来たのだという。源平合戦の折りに安徳天皇が源氏の追っ手を振り切って対馬に移って来た際、海女たちがこの幼帝を救い出してきた、との言い伝えがあるそうだ。
 曲海女は、海に潜ってアワビやサザエ、ナマコなどを獲る。かねては一定の場所で漁をするが、時にはチームを組んで家船と同様に船中で寝泊まりしながら漁をしてまわることもある。そして、潜水着など使わずに素潜りをする。だから冬場は体が冷え切ってしまうのだが、それでも日に4回は海に潜るというから元気だ。海女に言わせれば、潜りやすい夏場よりも冬の海がおもしろい。なぜなら、「冬は藻が全然ないけ、海がきれいなもんじゃ。アワビやサザエやナマコがよう見える」、だから夏場よりもたくさん稼ぐことができるわけだ。さらに、月経中も漁に出たり、船の上でお産をする海女さえもいる。こういう仕事には「血の忌み」がついてまわりそうなものなのに、曲海女たちにはそんなことが当てはまらない。元気である上に、ものにこだわらぬ鷹揚さがそこにある。なんともまあ風通しの良い話ではないか。
 東氏には、これまで民俗学的題材を自分たちの生きる課題と重ね合わせて分かりやすく語った『境のコスモロジー 市・渚・峠』『西海のコスモロジー 海人たちの時間と空間』『漂民の文化誌』等の著作がある。今度のこの本では、特に家船・海女のような海人たちが、幸いや災いが海の向こうから来るのをじっと「待ち受ける」のでなく、むしろ「みずから果敢に海に打って出た」という点に着目していると思える。つまり東氏の内にある家船や海女たちへの熱い共感が一冊全体に溢れていて、読者を惹きつけるわけである。
 人間たるもの日々を生きていて、時たま気分的な酸素不足状態に陥ることがないだろうか。少なくとも、自分にはある。だから、そんな時にはガス抜きというか、心の中の風通しがよくなる工夫をしなくてはならぬ。ほんとに人間って、たまにそうなるものなのだ。だが、この『最後の漂海民《西海の家船と海女》』には読者のそのような「酸素不足」を解消してくれる効能がある。伸びやかに、広々とした海洋へと連れて行ってくれる。そんな気がして、読後ひどく嬉しくなった。
 ――こういうふうな読後感を毎日新聞西部版に書いたのであったが、本を読んだり原稿を書いたりしているうちに無性に現地を訪ねてみたくなった。『最後の漂海民《西海の家船と海女》』全体から発せられるオーラが、わたしをしきりにそそのかすのである。
 
 
 
写真 大瀬戸町瀬戸の漁港

▲大瀬戸町瀬戸、通称向島地区の漁港。静かな入り江である。昔はここは狭い瀬戸になっていたが、昭和46年に海峡の埋め立てが行われたのだそうだ。画面右側が埋め立て部分である

 
 
 

こんなのもアリマス

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