連載コラム: 『本のある生活』 2018.04.02

第323回 西彼杵半島へ

前山 光則

 前回は東靖晉氏の新著『最後の漂海民《西海の家船と海女》』について感想を記した。実は、あの本を読みながら現地へぜひ行ってみたくなっていた。わたしには時折りそのような衝動にかられる性癖があり、行きたくなると我慢できなくなるのである。運の良いことに、3月10、11日と泊まりがけで著者の東氏に長崎県の西海市大瀬戸町瀬戸へ連れて行ってもらうことができた。
 3月10日(土曜)、午後2時40分の船で佐世保港から目的地へと向かう。春らしい良い天気である。佐世保湾を抜けて、左手に西彼杵半島を見ながら船が進む。海岸は磯が続く。アワビ漁や潜り漁などを行うにはもってこいの場所が多いそうで、だから東氏によればこのあたり点々と家船の痕跡を辿ることができる。だから、大瀬戸町までは車で簡単に行くことができるものの、
「こうして船で巡る方が、家船の世界を少しでも実感できる」
 と東氏は言う。50分足らずで瀬戸港へ到着。港には、漁師の津口博喜氏が迎えに来てくださっていて、車に乗せてもらった。津口氏には、家に泊めてもらった上に10日・11日の2日間、大瀬戸町や周辺の島へまでもあちこち案内してもらったのであった。
 なんといっても、大瀬戸町の資料館が良かった。ここには昔の生活用品や漁具類が展示されていて、漁師さんたちの世界を具体的に辿ることができる。家船の船の三分の一模型は、これだけでも往時の生活ぶりが偲ばれてありがたい。船中に寝泊まりできる部屋があったり、炊事のための用品も備えられていたことが分かる。魚を突く銛(もり)、アワビ、サザエ、ウニなどを獲る鉾(ほこ)、潜り漁の際に使う磯鉤(いそかぎ)、船の上から水中を見る際に用いる箱眼鏡などの漁具は、すべて実際に漁場で用いられていたものばかりである。ここらあたりで作られて南方の方まで移出されたという滑石製の石鍋になると、製作過程までわかるような展示がしてある。
 箱メガネを見ていて、ふと思い出したことがある。津口氏に、
「このメガネ、曇るのを防ぐにはどうやってたのですか」
 と訊ねてみた。すると、
「ヨモギを潰して、その液を塗るんですよ」
 津口氏がこともなげに言う。おや、まあ、そうなのか。しかも、
「ヨモギは、フツと言わんですか」
 と聞いたところ、ほんとにこのあたりではヨモギのことは「フツ」なのだそうだ。いや、それでこのあたりのことが一気に身近に感じられ、嬉しくなるのだった。
 少年の頃、夏になると休みの日には球磨川や支流の山田川で水に浸かって遊んだ。それも、泳ぎもするものの銛や鉄砲イザリと称する簡易な水中銃を手にして川に潜る。そして、ウナギやナマズ、ドグラ(ドンカッチョともいう、ハゼの一種)等を突いてまわる、こうした遊びが泳ぎよりも愉しかった。獲れた魚は家に持って帰ると祖母が捌いてくれて、次の日の弁当のおかずになっていた。それで、川に潜る際には水中眼鏡を顔に嵌(は)めるのであるが、かならず川原に生えているフツを毟り取り、付近の岩に擦りつけて汁が出ると、それをガラスに塗る。そうすれば、かなり長い時間、ガラスが曇らないわけである。フツが見つからず自分の唾をこすりつけてごまかすことがあったが、これだとじきに視界が悪くなる。そしてその「フツ」は、カワラヨモギをそう呼んでいたわけである。遠く離れた熊本県人吉市とここ西彼杵半島との間が、一気に距離が縮まった気がして浮き浮きした気分になった。
 そして、家船の血を受け継ぐ人たちはやはり正真正銘のプロだなあ、と感心した。10日の夜は、津口さんの家で、寄せ鍋を囲んでの酒盛りとなった。すぐ隣りに住む藤川健次氏も来てくれて、自分で獲ってきたという大きな伊勢エビやアワビ、ナマコを刺身で御馳走してくださったのである。伊勢エビは全長30センチもあろうかという大物である。藤川氏によれば、その日の漁は水深6メートルのところで行なった。船の上から箱メガネで海底を覗き込み、銛や鉾やイソカギを使って獲ってきたそうだ。その程度の水深で大きな伊勢エビがいたのは、珍しいことだという。このような大物は30メートル程の深さに潜れば結構いるものの、浅いところだと滅多に見かけないそうだ。その日はとても運が良かったわけだ。しかも、ナマコであるが、
「コノコが入っておった」
 最初の「コ」は海鼠、その子だからつまり卵である。コノコは皿いっぱいに盛られていた。調味料なぞ要らなかった。そのまま口に入れると磯の香りと甘みが濃厚に広がり、実に美味である。
 新鮮な料理を味わいながら夜遅くまで色んな話をうかがった。昼間資料館で見てきた銛や鉾などの漁具について聞いてみたところ、すべて自分で作るとのことだ。昔は鉄を用いて、自分で切ったり削ったり磨いたりして作っていた。それも、わりと短時間でできた。
「しかし、今は時間がかかって仕様がない」 とのことだ。
「今は、造り方が込み入ってるのですか」
「いや、ステンレスだから、固いから」
 と藤川さん。昔の鉄と違って、現在はステンレスを細工する。これは丈夫で長持ちするのである。しかし鉄よりも硬いから、製作するのにたいへん手間と時間がかかるそうだ。
「でも、本体はそうだとしても、銛の先のカギンチョ(返し)は鍜冶屋さんでハンダづけしてもらうのでしょ」
 と聞いたら、違うそうだ。返しの部分までも自分でちゃんと作るというから、凄い。
 前回述べたことを繰り返すが、家船とは、東靖晉氏の『最後の漂海民《西海の家船と海女》』の言い方を借りれば「家族ともども小船を住居に漂泊・移動しながら漁をする集団」であり、またその船そのものを指すこともある。現在はもう船で生活することはなく普通に海辺の家に住んでいる。しかし、伝統的な漁法はまだ承け継がれている。
 ともあれ、海に生きる津口博喜・藤川健次両氏の話は具体的で、興味が尽きなかった。料理もすごくおいしかった。東氏の新著にそそられてわざわざ西彼杵半島まで出かけて来たが、実に良かった。夜が更けていっても、ちっとも眠くならなかった。
 
 
 
写真①伊勢エビ、アワビ、ナマコ

▲伊勢エビ、アワビ、ナマコ。つい今しがたまで生きていたものばかりである。こういうのを御馳走になるのだから、ありがたいばかりであった。タッパーに入った卵色のものが「コノコ」。なかなかお目にかかれない珍味である

 
 
写真②漁港に置かれているタコツボ

▲漁港に置かれているタコツボ。形をよく見ると、「タコツボ」というよりも「タコ箱」である。タコを獲るのにこういうのもあるのだなあ、と不思議であった

 
 
写真③生け簀に泳ぐ魚

▲生け簀に泳ぐ魚。漁業協同組合の生け簀を覗いてみた。色んな魚が居て、全部で何種類?

 
 
写真④太田尾カトリック教会

▲太田尾教会。津口氏は自動車で色んなところへ案内してくださったが、ここは西海市大島町。昭和4年(1929)に建てられた教会だそうだ

 
 
 

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