連載コラム: 『本のある生活』 2018.04.13

第324回 結麗桜を見に行った

前山 光則

 今年の桜は早かった。寒さの厳しい期間が続いた後、3月に入ってからにわかに暖かくなった、そうした気象現象が影響したのだろうか。自分の住んでいる町では球磨川べりや山付きの集落で桜が愉しめた。ふるさと人吉でも盆地周辺の山桜や城跡のソメイヨシノに見とれたし、福岡に出かけた折りには太宰府に行ってみたら、あそこは梅だけかと思っていたが、違う。桜も結構良かった。
 山桜やソメイヨシノが散る頃、4月4日(水曜)に福岡県久留米市田主丸町石垣の高山果樹園へ「結麗(ゆうれい)桜」を見に出かけた。事前に葉書で、「今年の開花予想は3月29日より4月8日です」との案内をいただいていたが、すぐには出かけられなかった。そして4月3日に果樹園のホームページを覗いてみると、4月1日現在で7分咲きであると記されていた。こりゃあボヤボヤできんゾ。慌てて4日の朝早くから一人で家を出たのであった。久留米市に入ってから、田主丸町のすぐ手前、草野町紅桃林(ことばやし)に住む旧知のN氏に連絡を入れたら、幸い、
「うん、今日ヒマだよ」
 急な申し出にもかかわらず気楽につきあってくれた。早速、N氏宅へ迎えに行った。
 草野町紅桃林からは10分もかからなかった。さて、午前10時40分、平日だからさほど見物客はいないだろうと見込んで高山果樹園に車を入れたら、誰もいない。見物客どころか、当の果樹園の人も留守である。しかし、結麗桜の木の生えている場所は知っているので、「失礼しまーす!」と大声を上げながら果樹園の奥へと進む。すると、目の前に桜の巨木が現れ、花は満開状態、圧倒される眺めである。この結麗桜は「太白」と呼ばれる珍しい品種だそうだ。一重桜で、山桜やソメイヨシノと比べて花が直径6.5センチと大きい。色は白、ただ、芯の方はほのかなピンク。なんだか健康的な趣きがあって、親しみを感じる。しかも、自分ら以外に誰も人がいない状態で眺めることができる。このところ気が滅入るようなことが続いてめげ気味だったが、目の前の満開の桜を見ることで心が癒される思いだ。ありがたいことであった。
 昨年の11月21日に友人と共にここを訪れたことがある。その折り、葉が紅葉した状態の結麗桜を見せてもらい、木の巨大さにまず呆れた。樹齢250年とも300年ともいわれるそうだ。大きさだけでなく枝の張り方も、まるで南方のガジュマルを思わせる迫力だ。これは怪物だと、すっかり畏れ入った。しかし、今、花を全身にまとった状態の結麗桜を目の前にして、もう怪物なんかではない。人びとを幸せにしてくれる妖精が棲んでいそうな気配が、木全体に静かに漂うのであった。
 それにしても、なぜ「結麗桜」という名前がついているか。実は、「結(ゆう)」も「麗(れい)」も昔の田主丸町の紫楼という遊郭にいた美人の人気遊女姉妹のことだそうだ。大分県日田市在住の作家・河津武俊著『耳納連山』(弦書房)に納められた小説「結麗桜」によれば、その結と麗の二人は、
「酔客のあしらいも手慣れたもので、客のえり好みなどしなかった。結と麗のうわさは耳納山の向うの八女地方にも伝わっており八女の青年達は一日かかって山を越え紫楼へかよったそうな。指名する客の多さで姉妹は昼夜を問わず働いておったが、春の彼岸になると、きまって暇をもらうことにしておった。その間、姉妹は一日も休まず男性に奉仕し、疲れていても決して笑顔を絶やすことはなかったそうじゃ。そうこうしながら姉妹は桜の花が咲くのを待った」
 結も麗も、この太白の一重桜をたいへん好んでいたわけである。花が満開になるのを愉しみに待ったそうだ。
「蕾から三分咲・五分咲・七分咲と……。そして満開の日がやって来た。結と麗が着物をぬぎすて裸身になったところへ、月の光に照らされた桜の花びらが、乱舞する蝶のようにヒラヒラと散りはじめた。花びらは、結と麗の裸身に、まるで吸い寄せられるように張りついていった」
 そして、桜は、2人が遊郭で働いたすべてのことを吸収していったそうだ。結も麗も、みるみる体に精気が戻った。すると、花びらもまた次々に元の木へと舞い戻るのだそうであった。結麗桜は、いわば、奇蹟の木である。清潔な色合いの花びらをじっと見つめていると、伝説がひしひしと身近に感じられてきた。
「結麗桜ちゅうは、昔から聞いておったが、いやあ、じっくり見るのは今日が初めてだな」
 傍でN氏が感慨深そうに言った。
 ついでだからと、大分県日田市の石井里山公園へも桜を見に行った。そこにも結麗桜の小さなのがある。実は、高山果樹園へ向かう途中、偶然にも他ならぬ河津武俊氏から「お元気ですか」と電話がかかってきたのである。これが会わずにいられようか。田主丸から車でほんの30分ほどであった。公園には河津氏が奥様と一緒に来ておられた。今から会議へ出かけねばならぬとのことで、ほんの数分しか会えなかったものの、石井里山公園の桜は愉しめた。ここはかつて荒れ果てていたが、河津氏らが平成15年から植樹に取り組み、公園として整備してきたのだそうである。ソメイヨシノはすでに葉桜となっていた。しかし、さっきの高山果樹園から株分けされたという結麗桜はまだ木が幼いものの満開である。それに、ここからの眺望がまた素晴らしい。日田盆地を隅から隅まで心ゆくまで見渡すことができる。
 今日は思い切って朝から出かけてきて良かったわい、と、自分の決断を自賛したいくらいであった。
 
 
 
写真①草野町紅桃林地区

▲草野町紅桃林(ことばやし)地区。旧知のN氏を迎えに行ったら、御自宅のすぐ下が四国八十八箇所になぞらえた札所巡りの御接待場所であった。御大師様がまつられている。このあたりはこのような奥ゆかしい習慣がまだ続いているとのことだ

 
 
写真②昨年11月22日の結麗桜

▲昨年11月21日の結麗桜。日田市に行った帰り道、立ち寄った。花も良いが、葉が紅葉状態の時の結麗桜も悪くない。堂々として存在感がある

 
 
写真③満開の結麗桜

▲満開の結麗桜。こんな立派な桜をゆっくり鑑賞できる。ありがたいことであった。土曜・日曜は見物客がたくさん押し寄せるそうである

 
 
写真④結麗桜

▲結麗桜。これはアップで撮ってみた。山桜やソメイヨシノなどと比べて大きく、存在感があり、頼もしい

 
 
石井里山公園に咲く結麗桜

▲石井里山公園に咲く結麗桜。本家本元の高山果樹園から株分けされた木だそうで、言うなれば「子木」ないしは「孫木」である。いつの日か大きく聳えるのであろう

 
 
 

こんなのもアリマス

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