第325回 川魚がよく食される地域

前山 光則

 最近、なにかと筑後川流域へ出かけることが多い。前回レポートしたように、こないだは久留米市田主丸町で桜見物をしたわけだが、いつもはあのあたりを通り過ごして大分県日田市まで筑後川を遡る。日田市では筑後川が「三隈川」と名を変えるからおもしろい。
 そして、せっかく日田方面まではるばると行くから、いつも行き帰りの道中、時間の許す範囲であちこち見てまわったり買い物をしたりして愉しむようにしている。おかげで、この頃筑後路というか筑後川流域の生活文化に関してだいぶん発見があった。
 その一つに、川魚のことがある。この流域ではよく食されているようなのである。日田市内には大きな川魚問屋があってコイ・アユ・ハヤ・ヤマメなどを販売し、ウナギの養殖も行なっている。その店ではアユ・ハヤ・ヤマメの甘露煮がおいしくて、買って帰るのが習慣となった。甘すぎず、醤油辛さもなく、柔らかな味わいが心地いい。味付けの良さといえば、下流の田主丸町にある川魚料理店がまた感心する。ずっと昔に火野葦平の小説に書かれて有名になった「コイ捕りまあしゃん」が興した店であるが、まずコイやウナギの料理が愉しめる。だが、アユの甘露煮の上品さ、これは一度ぜひ味わってみるべきである。冬場にフナの刺身が食べられるのも魅力だ。フナ刺しはどんな海の魚よりも美味だということ、ぜひ一度試してほしい。
 いや、こうした一流の店でなくもともと一般に筑後川流域では川魚が親しまれているようだ。日田市内でも久留米市でも、道の駅やマーケットなどへ立ち寄るとウナギの蒲焼きなどはもちろんのことアユ・ハヤ・ヤマメの甘露煮が売られており、出品しているのは業者というより一般人である。日田市内で、夫が家の裏側の筑後川――いや、日田では三隈川であるが――で魚捕りをする、それを奥さんがうまく煮てから家の前に店を出して販売するというケースも見かける。あちこちで手作りの川魚料理の味が愉しめるわけだ。前回の結麗桜見物につきあってくれた久留米市草野町在住のN氏に言わせると、
「いや、それが昔ほどではないっちゃね。昔は農家のおばちゃんやばあちゃんたちが実にうまく煮てくさい、おいしかったがよ。今は塩辛さが目立ってな、あまりよう食えんがね」
 こうぼやく。それはそうかも知れない。しかし、少なくともわたしは球磨川流域に住んでいて、アユやウナギは親しまれていてもハヤやヤマメなどが店に並ぶことはない。少年の頃は人吉市内で、ハヤを竹串に刺して炭火で炙ったものが魚屋やなぜか荒物屋の店先にも売られていた。だが、そうした光景もかなり早くからまったく見かけなくなってしまっている。かつて球磨・人吉のような山国は交通が不便で、新鮮な海からのブエン(無塩、つまり生の魚)は手に入りにくかった。だが今は結構新鮮な海産物が入ってくるので、もう川魚は必要なくなっているのである。
 こうした傾向は全国的に共通のことなのだろう。ただ、それでもまだまだ川魚の親しまれている流域があるはず。わたしがよく知らないだけである。
 わたしの経験では、長野県の佐久地方はコイ料理が名物で、味わったことがある。それから、群馬県館林や埼玉県羽生市といった利根川水系でナマズの天ぷらが食されている。これはあっさりした白身で大変おいしい。利根川水系ではあちこちで魚屋やマーケットなどの店先で大きなポリバケツが置かれ、水がたっぷりと湛えられており、その中にはドジョウがうようよ泳がせてある。無論、消費者が買っていくわけで、ドジョウ鍋はさぞかしおいしいことだろう。四国の四万十川沿いを旅した折りには、川筋の町村毎に川魚特に鮎を中心に商う魚問屋が存在するので感心した。あの流域は本流にダムがない。だからアユ・ウナギ・ダクマ(手長エビ)・山太郎蟹(ツガニ)・ゴリなどが、かなり上流の方でも見ることができるのである。だから内水面漁業が盛んなのである。
 こんなふうで、わたしが知っているだけでもいろんなところで川魚は生活に染みこんでいるから、筑後川流域が特に盛んだというわけでもないのか知れない。でも、それはそうだとしても筑後平野や日田盆地方面へはこれからもときたま通うだろうと思う。筑後川流域の生活文化はまだまだ奥が深かろう。たとえば、名物蕎麦まんじゅうは製造元がいくつもあって、それぞれ買って食べてみたら店ごとの特徴があって良い味わいである。羊羹もうまい。菓子のレベルが高いのではなかろうか、と、こんなふうに発見がある。愉しみだ。
 
 
 
写真① 筑後川

▲筑後川。福岡県朝倉市原鶴温泉、ビューホテル平成の庭から眺めた景色。筑後川は平野の中をゆっくり流れている

 
 
写真② 川魚料理店

▲川魚料理店。福岡県久留米市田主丸町、国道沿いにあって、すぐ近くの道向かいには支店もある。鯉捕りまあしゃんこと上村政雄は、大正2年(1913)生まれ、平成11年(1999)歿。その名人ぶりは全国に轟いた

 
 
写真③ 三隈川

▲三隈川。筑後川はなぜか大分県の日田市内に入るとこういう名前になる。日田市温泉街のホテルからの眺めである。本来ならこのあたりでは急流であるが、井堰で堰き止められている

 
 
写真④ 川魚問屋

▲川魚問屋。日田市隈町、温泉街の一画に店がある。言うまでもなく、すぐ近くを三隈川が流れている

 
 
写真⑤川魚の甘露煮

▲川魚の甘露煮。これは真空パック詰めした製品。普通にパック詰めしたものも多く見かける。甘露煮は魚を丸ごと食べられるから良い

 
 
写真⑥ 中城河岸跡

▲中城河岸跡。日田市港町、豆田町界隈に隣接する町内で、目の前の川は、天領だった昔はもっとずっと広かった。26艘の舟がいつも用意され、年貢米などの輸送に当たっていたのだそうで、つまりここらは川港だった。だから、現在の町名も「港町」である