連載コラム: 『本のある生活』 2018.09.05

第334回 秋白し

前山 光則

 今年の夏の暑さは格別であった。全国各地で40℃越えが報じられ、熱中症にかかる人も多く出て、これはもう「猛暑」というより「異常な暑さによる災害」と見なすべきではなかろうか。妻が7月18日に死去したが、言うまでもなく病状が進行した結果そうなったわけである。だが、充分に温度調節の効いた病室で日々を過ごしてはいたものの、暑さは結構病人の体にも影響を与えてしまっていたのではないだろうか、と、今にして思う。 暑さは8月に入っても変わりはなかった。ただ、よくしたもので、ちょっとずつ違ってきた。昼間は相変わらずであっても、夜中から明け方近くヒンヤリとした気配に目が覚めてしまうようになった。知らぬ間に秋の気配が忍び寄っていたのである。8月18日には、毎日新聞の坪内稔典「季語刻々 今昔」に次のような句が紹介されていた。
 
 
 朝食を楽しみに寝る秋白し 富士眞奈美
 
 
 一目見て、唸ってしまった。坪内氏は解説文で「中国の五行思想では白は秋の色。それで、秋を『白秋』『秋白し』などという。今日の句、朝食を楽しみに寝る、というのがいかにも食欲の秋だ」と書いている。 確かに、昔の中国では青は春の色、赤は夏の色、白は秋の色、冬は「玄冬」などというように黒色とされていたようである。明治時代の福岡県柳川で育った詩人・北原白秋は「白は秋の色」にちなんでペンネームとしていたわけである。季語にも「秋白し」「白秋」は秋の季語ということで歳時記に載っている。だがこれを使って句が詠まれることは、どうだろう、実際には少ないのではなかろうか。試しに探してみたら、講談社版『日本大歳時記』には、
 
 
 秋白し笊にほしたる西瓜種子 中勘助
 白秋と思ひぬ思ひ余りては 後藤比奈夫
 
 
 こういうのはあった。「むさしの野の秋は白雲よりととのふ」(上村占魚)という句もあって、これも「白は秋の色」を念頭に置いての作かと思われる。それから、『日本大歳時記』には出ていないが、夏目漱石の明治32年阿蘇内牧温泉での作「秋の川真白な石を拾ひけり」というのも想起された。
 しかし、『日本大歳時記』掲載の句も漱石の句も、基底に秋の空気のかもしだす淡いイメージ、いうなれば「もののあはれ」のようなものが意識されていないだろうか。「白は秋の色」とのイメージは、俳人たちにはわりと静謐なものとして捉えられている。
 ところが「朝食を楽しみに寝る秋白し」、これはたいへん活き活きして明るい「白」である。夏バテに苦しむ時期から解放されて、今、秋。朝から御飯を食べるのを「楽しみに寝る」のは、つまり前日に寝床に入る時から翌日の朝の食事を楽しみに思っているのであり、体調よろしく、心が弾んでいる。秋の涼しさに促されて食欲が俄然回復したことの現れに違いなく、作者の機嫌良い息づかいが伝わってくる。だから唸ってしまったわけで、「秋白し」という季語に新たな生命が吹き込まれているなあ、と感心したのであった。
 作者は、ベテラン女優富士眞奈美さん。俳句をたしなむ女優ということはかねて聞いていたが、こんなにしなやかな佳句を詠む人だとは知らなかった。並ではないと思う。
 
 
 

▲梨が豊作。梨農家を訪ねて、梨畑を見せてもらった。鈴なりに見えたのだが、「ここはもう収穫は終わった。売り物にならぬものだけ残してあるとばい」とのこと。収穫前は、いったいどんな状態だったのだろう。(2018・8・29、撮影)

 
 
 

こんなのもアリマス

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