連載コラム: 『本のある生活』 2019.01.07

第341回 年の初めに

前山 光則

 明けましておめでとうございます――元日の朝方までは、こんなふうにご挨拶することすら躊躇するものがあった。それが、初詣に出かけてから違ってきた。
 昨年7月18日に妻が亡くなった。以来、一人暮らしをしているが、これから先の自分がどうやって行ったらいいのか、実際どうなるのか等と、気が気でない毎日である。まして、大晦日、友人から県北在住の版画家・秀島由己男氏の死を知らされた。秀島氏は、水俣市出身。若い頃から石牟礼道子さんと親しかった方で、会えば「姉さん、元気でしたか」などと親しくしておられた。人の世を超越したところから描出されたような、不思議な雰囲気の版画を制作する方であった。享年、84。独身で、従ってずっと一人暮らしを続けておられた。その秀島氏が昨年の10月に死亡されていたことが、大晦日になって判明したわけだ。入院先で亡くなられた由だが、身寄りとの連絡がつかず、弔いなどもまだ出来ていない状態だそうだ。
 昨年は石牟礼道子さんや麦島勝さんが逝かれて、さびしい思いをした。引き続いて秀島氏の死である。誰もいない家の中でのいわゆる「孤独死」でなく、入院先で亡くなられたのだから、病院のスタッフに見守られての最期だったろう。しかし、息を引き取るまでの間どのような状態でおられたのか、どんな思いで日々を過ごしておられたのだろうか。可哀想でならず、あれやこれや考えて、落ち着かぬ大晦日となってしまった。
 そして、新年。年末に娘が勤め先の休暇がとれて帰ってきてくれたので、2人でお正月を迎えることができた。元日、お昼近くになって、散歩がてら1人だけで近所の麦島神社に初詣をしに行った。わたしは信仰心のまるでない人間で、日頃は神社や寺などにお参りしに行く習慣は持ち合わせていない。ただ、散歩していて小祠や御堂に出くわすと手を合わせることがたまにある。お正月の初詣になると、これはなぜだか毎年行っている。といっても、別に必ずお参りせねばと決めているわけでもなく、また何か願い事をするのでもない。神殿の前で、頭の中はまるで空っぽ。何のためにお参りするのか分からなくなるわけだが、その空っぽ状態が実は心地良い。雑念が消える瞬間が欲しくて神さまの前に進み出るようなものである。
 さてそのいつもの初詣先である麦島神社、行ってみたらガランとしていた。時刻は午前11時を少し過ぎていた。拝殿の前の右側にテントが張られ、受付が行えるようにしてあるが、誰もいない。昨夜、テレビの紅白歌合戦が終わる頃から午前零時となったあたりには人がだいぶん来たのであったろうか。あるいは、夜が明けてから続々と初詣の人たちが訪れたのであろうか。ともあれ、今はまったく無人の状態である。辺りを見回してから、神殿に向かいながら、なんだか軽いノリになっていた。家の中に一人でいると寂しくてしかたないのに、今、ここでは逆だった。ゴチャゴチャしていなくて、静謐で、実に落ち着くなあ。
 思い返せば、昨年、外歩きがまだ可能だった妻を連れてに初詣に来たときもこういうふうであった。いや、他に家族一組がいたのだったか。
 ここは小西行長が築城した麦島城の一画に当たる。神社創建は永禄2年(1559)で、天照皇大神(アマテラスオオミノカミ)が祭神とのことだ。古い歴史を持ち、敷地の隅に神官の居住する屋敷もある。もっとも、かねてから参拝者はそう多い方ではない。
 ともあれ、今はヒッソリ閑としている。誰もいない中、2度頭を下げ、柏手を2回拍ち、手を合わせて礼拝、そして1礼。そんなことをしていてわけもなく心が軽くなっていた。神さまを独り占めする状態で、周りへの気兼ねも要らずにこうしてお参りする。その間、頭の中は全く何もない状態。一人暮らしの不安など、どこかへ吹っ飛んで行ってしまっていた。これは、なんてゼイタクな時間であるか。「考えてみれば、仏教は哲学というか、何というか、ムズカシイなあ。だけど、その点、神社の方は理屈があまりなくて、気楽だな」などと、とってつけたような思いも湧いた。あ、いや、こうした思考こそ今の自分には関係なくて、余計なものだ。
 余計なものをすみやかに払い落として、再び頭の中を空っぽ状態に戻した。そして、おもむろに帰路についた。家までテクテク歩きながら、さわやかだった。ずっと空っぽの状態を愉しんだのだった。
 ――と、まあ、こんな年末・年始。そして今、一応大過なく2019年の日々を過ごしている。
 これからどれだけコラムを書けるか自信がないが、今年もどうぞよろしく!
 
 
 

▲麦島神社。このあたり、昔は麦島城の中枢部分だったのだそうだ。今は町と化している

 
 
 

こんなのもアリマス

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