連載コラム: 『産業遺産巡礼』 2019.07.11

file64 山寺行啓記念殿

市原猛志
 
【1908年竣工/山形県山形市山寺/木造平屋建】
 
今でこそインバウンドによる観光客でにぎわう山寺立石寺も、明治期には廃仏毀釈の流れの中で、寺院は経済的に大きく困窮する状況であった。寺院としての収入源であった社領地も召し上げられ、窮地に瀕した地域が挽回を図るべく、誘致されたのが東宮(のちの大正天皇)行啓の際の立ち寄りで、この記念殿は行在所として建てられた。1908(明治41)年9月18日にこの地を訪れた東宮は、「もう一度来てみたい」との感想を述べられ、このことが山寺立石寺の復興を決定づけた。この建物は、建物としては京都御所紫宸殿を手本として建てられた施設であるが、それ以上に大正天皇が山寺を評価し、日本全国に知名度を高めたきっかけになった行在所であり、いわば山寺を観光地ならしめた記念碑的な位置づけといえるのだが、たたずまいの奥ゆかしさは、実に東北的だ。一度は取り壊しの議論も行われたようだが、改修の上2016年に市の指定文化財となっている。
 
 
 

▲参詣道沿線に位置する山寺行啓記念殿

 
 

▲桜紋が印象的な玄関部分の面格子

 
 

▲山寺行啓記念殿背面

 
 
 

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