その67「年なんか知らなくてよいのです」

 悪い予感があたってしまった。どうやら今年も雪が多そうだ。
 冬は農閑期と決め込んで、畑は眺めるだけで、作業はご無沙汰だった。
 そこへまた寒波がやってきた。数日前から畑は雪景色。
 ばあさんが「白菜がいる」と言うので、重い腰をあげて雪の畑に出る。積雪15~16センチか。
 長靴がずぶりずぶりと沈む。雪のなかから頭を出している白菜を引っこ抜いて洗う。井戸水の蛇口をひねる。やがてあったかい水が流れだす。ホントあったかく感じる。雪をかぶっていたから、きっと甘いだろうなあ。
 野菜類は頭だけだして、みんな雪の下で眠っている。この寒波で虫たちが減ってくれるといいのだが、この程度では甘いかな?
 
 数日前に神戸の妹が72歳で逝ってしまった。彼女も爺不在のおりには時折やってきては畑に出ていた。病に臥してからは時折この畑でとれた野菜を送ってやっていたが、無情、無常きわまりない。
 
 ポストをのぞいたら、野見山暁治さんからの「寒中見舞」が届いていた。
 
 いいことも
 いやなことも
 ひっくるめて生きております
 
 続けて手書きで次のように綴られていた。
「後期高齢だとか、何だとか、そんなの気にするな。自分の年は知らなくてよいのです」
 画伯はたしか卒寿を過ぎたはず。またまた、ガツンとやられた。
 爺が「今年から後期高齢者」などと、愚痴っぽい賀状を「人生の達人」にまで出してしまったからだ。
 ああ、はずかしい。

(出雲在・三原 浩良老生)

▲雪におおわれた畑