第十八回 恐れを知らぬ〝青春〟の蛮勇

三原 浩良

◆小さなアコーディオンからはじまった
「あれが我らの青春だったなあ」
 高校時代の級友数人で晩秋の蒜山高原に遊んだときのことだ。ログハウスの薪ストーブを囲んで呑み、語りあかした深更、同じ新聞部員だった青戸俊夫君がぼそりともらした。
「エッ、あれッて?」
思わず聞きかえすと、「ほら、あんたがアコーディオンでさ」と言う。
「アッ、あれか」
「あれ」とは、どうやら高校二年の秋、学園祭で校庭いっぱいにひろがって踊りまくったフォークダンスのことらしい。
 
 そのころ「わだつみ会」の活動から派生して、「歌う会」をはじめた。当時はやりだした「歌声運動」の高校版である。
 たまたま級友の岩田好弘君の下宿を訪ねたとき、小型のアコーディオンがあるのを見つけた。「あんたが弾くのかい?」と聞くと、「いや、俺はダメ。兄貴が使ってたヤツだ」という。「借りられんかなあ」「ああ、いいよ」というわけで早速借り出した。
 コードボタン12個くらいの小さなアコーディオン。手風琴といったほうがはやいか。でも右手は鍵盤だから、堂々たるアコーディオンである。コードさえおぼえれば、自分でも何とか弾けそうだ。
 こうして毎週のように校内に歌声が響くことになった。歌唱指導? をかってでたのはやはり「わだつみ会」仲間の内藤守君。彼はのち早稲田のグリークラブで歌うことになるから、うってつけのリーダーである。
「カチューシャ」「トロイカ」「ぐみの木」などのロシア民謡の定番から、アメリカのフォークソング、「国際学連の歌」「ワルシャワ労働歌」などなど、手作りのガリ版刷り楽譜をたよりにみんな歌った、歌った。
 レパートリーが増えると、とうとう学園祭のステージにも割り込んだ。いや、気分は殴りこんだというに近い。「お上品なクラシックの演奏やお利口さんの合唱ばかりが音楽じゃなかろう」という理屈をこねて。
 そろいの法被を準備して見よう見まねで「そーらん節」を歌い、踊ったから大胆不敵、蛮勇おそるべしというほかない。当然、マジメに合唱やクラシックに取り組んでいる音楽部の連中や音楽教師からは顰蹙をかった。
 その延長上に「あれ」が登場することになる。

◆フォークダンスの熱狂
 校庭いっぱいに広がったフォークダンスの輪の真ん中に、アコーディオンを肩にしたわたしがいた。
 フォスターのフォークソングから「オクラホマミキサー」まで弾いた、弾いた。「ここまで!」とやめようとすると、「やめるな!」「もっと続けろ!」とやめさせてくれない。
 しかし、あの狂騒とでもいうほかない熱狂ぶりはなんだったんだろう。「いい加減にしろ!」と校内で展示をやっている連中からも苦情が出たとか。校内は空っぽになってしまったらしい。
 実はわたしも踊りたかったのだが、マイクの前のアコーディオンから解放してくれないから、いつまでも同じ曲を弾き続けた。でも、なぜレコードを使わなかったんだろう。今でも不思議に思う。とうとうわたしは一度も踊れなかった。面白かろうはずがない。
 中学時代に男女共学が始まったとはいえ、当時はまだまだ男女が自由に会話を交わすこともままならず、言葉をかわしてもどこかぎこちない。そんな時代だった。とはいえ、胸のうちには淡い恋心も、いやそこまでいかずともそれぞれお目当ての異性への好意はみんな抱いていたのだろう。
 フォークダンスは、たがいに手をつなぎ、くるりとまわって相手をとりかえていく。でもひそかに好意をよせる相手と手をつなげる順番はまだまだ先だ。だから「やめるな!」「もっと続けろ!」の怒声がとんだのだろう、と察する。
 これが青戸君言うところの「我らが青春」だったらしい。

◆最大の関心事は「男女交際」
 当時の高校生たちにとって、「恋愛」や「男女交際」は秘められた最大の関心事だったようだ。「松高新聞」創刊号(1950年)が「男女共学」についての世論調査をやっている。四、五年うえの先輩たちが、はじめての「男女共学」に大いに戸惑っている様子がうかがえる。一部を抜粋してみる。

〈問1〉男女共学について
    賛成 47%  反対 32%
〈問2〉共学はうまくいっているか
    いっている 23%  いっていない 41%
〈問3〉異性をお互いに理解できたか
    できた 21%  できなかった 45%
〈問7〉異性と話をする時どう云う事が最も多いか
    授業・勉強 53%  クラブ・生徒会 12%

 さらに第2号は、「男女交際」について、なんと県教委に〝突撃インタビュー〟を敢行する。その前文は次のように言う。
「私達の学校も愈よ共学第二年目の新学期を迎えたわけであるが、父兄は私達の未来を期待すると同時に、共学から生ずる恋愛問題や思想的な動揺に不安を抱いている事は当然である。そこで教育委員会を訪問して恋愛問題に対しての回答を得た」

〈問〉学生の恋愛について
〈答〉学生の身としてむつかしいと思う。学徒のうちは勉強することだ。恋愛など考えずにしっかり勉強すべきだ。(中略)いろいろ将来の事を考えると今は無理である。
〈問〉普通の交際はどうか
〈答〉交際は正常でよいだろう。といって恋愛が不正常だというのではないが……。
〈問〉男女間の友情は成り立つか。
〈答〉それは成立する。もっとも友情が進めば恋愛にならないとは断言できないが。
〈問〉友情と恋愛の限界はどうしてきめるか。
〈答〉それはなかなか簡単にきめきれない。

 いまどきの高校生がこれを読んだら、噴きだすかもしれない。だが笑うなかれ。聞くほうも、聞かれるほうも、みんなおお真面目である。聞かれた教育委員会の面々の困惑する表情が目にみえるようだ。前文が記すように、見守る大人たちも不安をかかえていたのだろう。
 四、五年後輩のわれらにしたってその胸のうちに大差はない。この設問のようなテーマについて、それこそおお真面目に議論したことを思いだす。当時はやった弁論大会にも同じテーマがよく登場した。
 あのフォークダンスの狂騒は、そんな若き胸のうちの爆発だったのだろうか。