第三十五回 混迷する市政と議会、裏のウラ

三原 浩良

◆議場の日本刀騒ぎに仰天
 昭和40年(1965)、わたしは熊本市政の担当だった。
 ある日の定例市議会の本会議場。いきなり立ちあがった木下富雄議員が大声をあげた。
「Iの子分が日本刀を持ってオレをたたッ斬ると傍聴席に入っとるぞ!」
 大半の議員が二階傍聴席を見あげ、騒然となった。傍聴席から若い男があわてて走り去るのが見えた。当のI議員は議席にいた。
 パトカーが駆けつけ、傍聴席に残されていた日本刀を包み隠していたと思われる新聞紙を押収していった。
 記者席で取材中のわたしは仰天した。まさか、議場に日本刀!
 木下議員と親しいK議員に尋ねると、「木下さんがあげん言うとならホントじゃろなあ」と言う。
 実は木下、I、Kの三議員ともに、警察は暴力団組長もしくは元組長と認定していた。いずれも表看板は土建会社の社長や役員である。
 その後の捜査でも、この日本刀騒動の真相は明らかにされなかった。

また別のある日、ゴミ焼却場の建設計画取材のため土木部に行くと、先客がいる。A議員である。そこへ明らかにその筋とわかるオニイさん数人をともなってB議員が現れた。
「ぬしゃァ(お前は)、オレの工事ば邪魔しよっとかい」
「オレの工事って、だあ(誰)がそげんこつば決めたとかい」
 入札担当の課長の前でふたりの激しいやりとりがはじまった。
「オレの工事」と言うが、まだ計画の詳細も公表されていなければ、入札予定も明らかになっていない。今では信じにくい話だが、当時の熊本市では珍しくもない光景だった。
 その二年前に社会党市議団が発行した冊子「市政浄化への〝怒りの日々〟」の座談会の一節にこんなくだりがある。

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 A/たしかに我々の当選後は議会のしょっぱなから暴力団関係者の顔が傍聴席に見え、議長選の時など議会は開会前から険悪な空気でしたね。
 B/傍聴席のまん中に黒シャツを着た大親分が陣取り……。
 A/周囲をハッピ姿の連中が、四、五十人も取り囲んで……。

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 当時の熊本市議会議員四十七名のなかには、土建会社の看板をかかげる組長あるいは元組長サンが七、八人はいた。「議員の前科あわせて百犯」などという冗談がまことしやかにささやかれていたのである。

◆暴力の影におびえる職員
 業者の攻勢もすさまじかったに違いないが、市側の弱腰にも問題があった。
 他部から転出してきた新任の課長に早速、業者から贈り物が届いた。慣例とはいうものの、むろん下心あってのことである。新任課長はこれを断わり、どうしても置いていく業者には身銭をきって相当の返礼をした。
 ところが、この返礼が異例のことらしく、業者の強い反発をくらった。しかも、あろうことか上司の部長からおとがめまで受けた。
「業者のなかには、あの課長はやめさせてしまえという人までおり、私も迷惑した。断わればかえって仕事がうまくいかぬと課長に注意した。私も業者から贈り物を受けているが、断わりきれるものではない。とても私の給料ではお返しもできないので、もらったままにしている。世間のひとが口にするほど(断わるのは)容易ではない」
 この土木部長発言がいっせいに新聞で報じられると、市議会建設委員会は緊急協議会を開いて「いっさいの贈り物を断わるべきだ」「返しにくければ市長名で返せばよい」「費用が大変なら議会で負担してもよい」などと与野党こぞって土木部長を追及した。
 さすがに部長は「ルーズだった」と反省はしてみせたものの、はたしてホンネもそうだったかどうか。追及する側には業界関係者も多く、当然贈り物もしていたに相違ない。
 実はくだんの部長サン、以前にも土木行政の黒い噂を追及され、「全議員が関係していると言ってよい。そんなに追及するなら全部バラしてしまう」と仰天の応酬をした人である。
 本音は「マスコミが注目するから、急にきれい事ばかりならべたてるあんたたちだって……」と言いたかったのではないか。
 この部長サン、ネが正直な人だったので、ついホンネをもらしたのだろう。
 そんな議員と日常的に接触せざるをえぬ職員たちはこわかったに違いない。脅しに屈した職員もいた。なかには積極的に迎合するフラチな職員もいたことが後に明らかになる。
 当時の石坂繁市長は「わたしが防波堤になる」と、議会で大見得をきったものの、すぐに空手形になる。
「業者からの贈り物は受け取るな」と助役名の通達を出したが、当の土木部長は「そうは言っても、とても断わりきれるものではない」と、なお公言してはばからぬ、どこまでも正直な人であった。

◆市バス料金値上げの裏側
 当時の熊本市議会の勢力比は、与党24:野党23と僅差で不安定。そのうえ与党の足並みが乱れがちで、混乱が日常だった。
 ささいなことから与党選出の議長の不信任案が可決されてしまった。ゴタゴタのすえに選出された後任の与党議長にもすぐさま不信任案提出の噂が流れ、新議長「そんなことをやったら県警本部に駆け込んでやる」と開き直った。
 これには与野党ともに「誰がそんな不正を働いているのか明らかにせよ」とせまり、ふたたび不信任必至となり、新任議長サン泣く泣く辞表を書いた。
 この短命議長が県警に駆け込むことはしなかったが、数ヵ月後に県警のほうが市議会にやってくることになる。
 そんな混迷の続く議会に、議長のイスよりも市民生活に影響の深い議案が上程された。
 市営バスの平均30%の料金大幅値上げ議案である。民間バス地元大手の九州産交はじめバス四社はすでに同様値上げを運輸省に申請していた。しかし、市営バスが値上げに踏みきらぬかぎり運輸省は民間バスの値上げも認可しない。競合路線のある市内は事実上ワンセットになっているのである。
 さて議会はどう対応するか。与党24は「値上げやむなし」で固まっているが、野党の社会、公明、共産あわせ13は「反対」、保守野党の新政クラブ10はこれまで野党で同一歩調をとってきたこともあり一応「反対」だが、なかにはバス会社から選挙のさいに応援してもらった議員もおり、かなり微妙な情勢である。なかでも交通委員会に所属する新政クラブのK議員の動向がカギを握っている。
 そんな議会のウラ事情を連日のように署名入りでこまかく地方版に書いた。そのせいか市庁舎に押し寄せるデモの学生たちは「新政クラブ頑張れ!」などとシュプレヒコールをとばす。
 このK議員、先の〝日本刀騒ぎ〟にも登場したK議員。「オレをたたっ斬ると言っとる」と叫んだ木下議員が新生クラブの代表である。
 そのK議員を直撃した。
「最後はどうするんですか」
「う~ん」
「あなたは九州産交から選挙のときに票をもらっているんでしょう」
「そげんたいなあ。そっちからも頼まれとるし、(新政クの)みんなを裏切るわけにもいかんしなあ」
 人のいいK議員は正直にハムレットの心境を打ち明けた。わたしは値上げ案の可決を確信した。
 九州産交を取材してみると、社員の票は部課ごとにこまかく市議や県議数人に割りふって投票する仕組みができあがっていることがわかった。
 結局、新政クラブの十人は議会最終日に「賛成」にまわり、翌年一月実施の当初案を三月実施に修正して、値上げ議案は可決された。
 市民にしてみれば、新政クラブ十人衆の抵抗により、値上げの二ヶ月分がもうかった勘定で幕となった。
 混迷する地方議会の裏側が、パックリと口を開けてみえた一連の騒動だった。