第四十九回 農の現場と消費者の距離

三原 浩良

◆出戻りの社会部の異端児
 学芸部で過ごした5年間は、ひとことで言えば楽しく、そして勉強になった。
 しかし、美術、音楽、文学……どの分野でも、自分に専門記者をめざすほどの感性も基礎教養も、意欲もないことに気づいていた。
「社会事象の表層をなでるような社会部の仕事に懐疑的」などと言って学芸部に移ったのだが、やはり生の社会、素の世間ともっと触れたい思いがつのり、昭和51年(1976)ふたたび社会部(西部本社報道部)に移った。
 と言っても、依然として、「抜いた」「抜かれた」に一喜一憂する「事件報道」には関心が向かない。一過性の事件報道よりも、その背景、社会の底のほうの動きに関心が向く。まあ、社会部では異端児である。
 しかし、とても「一過性」などとは言えぬ衝撃的な事件が発覚した。田中角栄首相のロッキード事件、田中金脈事件である。
 口火を切ったのは二年前の立花隆「田中角栄研究―その金脈と人脈」(「文藝春秋」11月号)である。たまらず田中首相が辞任すると、情けないことに政治部の記者たちからは「田中の金脈は知っていた」「これが記事になるのか」と、言訳めいた声が聞こえてきた。「政治部にはまかせておけぬ」と、社会部記者が事件追及に国会に乗りこんで、〝社会部紅衛兵〟などと揶揄されたものだ。
 わたしには、政権誕生のさいに〝庶民宰相〟とよってたかってもちあげた新聞が、雑誌ジャーナリズムに一敗地にまみれた歴史的な事件とうつった。 
 二年後の昭和51年夏、田中角栄・前首相は全日空の航空機購入をめぐって米ロッキード社から5億円の賄賂を受け取っとして、逮捕・起訴される。
 わたしが学芸部から社会部にうつった昭和51年とは、そんな年であった。

◆みんな「中流」だと思ったころ
 いや、ちょっと違うな。たしかにロッキード事件が連日のように紙面をにぎわしていたが、実はこの年は、戦後生まれが人口の過半を超え、国民の90%が「自分は中流」だと感じるようになった年でもあった。
 報道部でのわたしの持ち場は〝遊軍〟。この遊軍というのが新聞社外の人にはわかりにくい。これと言った担当はなく、記者クラブにもはいらず、日々生起するニュース取材のサポート・応援役、ときには最近よく言うアンカー役をつとめる。
 年表を繰ってみると、この年、「和・洋式トイレの需要並ぶ(東陶機器)」とある。はは~ん、こんなところにも「中流意識」の芽生える理由があったんだ。水洗トイレの普及は、とりもなおさず下水道の普及、つまりは社会資本の整備がそれほど進んだということだろう。
 そう言えば、このころ東陶(現TOTO)の〝トイレット部長サン〟を取材したことを思いだした。北九州市小倉北区の本社工場の4階から1階の壁面にS字状の長いパイプが延び、ここに水を流して水洗工程の試験を繰り返していた。
 むきだしの透明パイプを固形物が流れるあまりにリアルなさまに驚いたが、社内のトイレはすべて消音実験中で、女性社員はそのつどアンケートに回答しなければならないと聞いた。
 まあ、こんな取材も遊軍の仕事のひとつ、事件担当記者にこんな仕事はまわってはこない。

◆農業企画を〝部際チーム〟で
 わたしにはずっと気になっていることがあった。
 かつての経済面には農業記事がよく載っていたが、最近は米価の季節以外あまり見かけなくなったことである。
「九州は食糧基地」と経済団体が言っていたころからみれば、農業記事はめっきり少なくなっていた。農産物に関する記事はよく見かける。台風や長雨、日照り続きなどのあとの夕刊には、きまって写真つきの「野菜値上がり、困る主婦」といった消費者サイドの記事が載る。これはテレビ・新聞ともいまも変わらない。
 農産物価格が、気候、天候に左右されて変動するのは当たり前。なのにいまでもこんなニュース? が大きく報じられる。なんだかおかしくないか。
 農業基本法(昭和36年)の制定で、農業の構造改革がはかられ、化学肥料・農薬・農業機械の普及で生産力はあがったが、食糧の自給率は下がる一方、農業人口の都市への流出が続き、農家は後継者不足に悩み、〝3ちゃん農業〟(爺ちゃん、婆ちゃん、母ちゃんの3ちゃん)などと言われ、農家では農外所得が次第にふえていた。
 そんな折り、前年(昭和50年)、農薬禍や有機農業を丹念に取材した有吉佐和子の『複合汚染』が衝撃をもってむかえられた。ああ、こんどは新聞が作家に先んじられた、とほぞをかむ思いだった。
 同僚たちのほとんども農業にはあまり関心がない。農業の現場を知らないから、消費者サイドの記事しか出てこない。よし、農業記事の長期連載をやろうと思い立つ。あまりにもへだたってしまった、農業の現場と消費者をつなぐ企画記事ができないか。
 もうひとつ、ひそかな狙いもあった。やれ社会部だ、経済部だ、学芸部だと、新聞社の組織も意外と縦割りで、部の壁は結構硬くて厚い。この企画はその壁をとっぱらって部際チームでやろう、と。