第五十回 「当世食物考」の大きな反響

三原 浩良

◆遠い農と消費の現場
 さて、その「食と農」の企画、まずはスタッフのリクルートから始めた。部の垣根を超えたチームをつくろうとするのだから、夜な夜なめぼしをつけた記者たちと一杯やりながら、企画の趣旨に賛同する面々がそろった。
 報道部3人、学芸部、経済部各1人、計5人のスタッフがきまり、農業にあかるいSさんがデスクと決まった。
 手分けして専門家に意見を聞いてまわる。S記者は農業経済学者のもとへ、わたしと学芸の田中幸人記者は、佐賀の農民作家・山下惣一さんのもとへ……。山下さんは近くの農家の人や農協の指導員も集めてくれていた。
 焼酎をくみかわしながらのあぐら談義。「農政、農林省の言うことの逆をやればいいんだよ」と、山下さんは持論の農業基本法農政を批判し、返す刀でかたわらの農協指導員にも矢を放つ。山下さんは米作とミカン栽培の二本柱の営農だが、基本法農政が産地形成を強引に進めたため、温州ミカンの産地が九州、四国に急速に広がり、値崩れでミカン農家は四苦八苦しているという。
 温州ミカンの産地形成はすさまじい勢いで進んだ。山の斜面を切り開いて急造成したミカン山が、豪雨になだれをうって崩れ、ふもとの農家が呑みこまれた熊本の現場を取材したことがあったので、山下さんの批判にはうなずけた。
 酔っぱらったわたしは「農協が海外旅行に出かけて何が悪い!」と叫び、「そうだ、何が悪い」と酔漢たちが唱和する。
 当時、米価の季節になると週刊誌などが農協の海外旅行を冷やかす記事が目についた。そこには都市生活者の農民へのひややかな視線が反映されているように思えた。都市生活者を消費者と言いかえてもよい。
 見学に訪れた女子大生に「へえッ、落花生って木になるとばかり思っていた」と驚かれ、山下さんは激しい怒りを覚えたとも言った。農の現場と消費の現場はそれほど遠くなっていたのである。

◆投書の山が支えだった
 タイトルは「当世食物考」と決まった。スタッフは各地の農の現場に、全国の篤農家や研究者のもとに飛んだ。
 一回1200字、400字原稿用紙にして3枚くらい。これを新聞二段分、ちょうど連載小説のスタイルでおさめる。〝九州派〟の画家、オチ・オサムさんに毎回イラストを頼み、社会面の対抗面に一年間、連日掲載する。 
 と書けば、いかにもスムーズに運んだようだが、実は社内的には連日このスペースを確保するのは容易なことではない。「ニュースが圧迫される」「専従スタッフをとられてはルーティン・ワークに支障が出る」など編集局のあちこちから批判の矢がとんでくる。
 そんな冷たい視線をはねかえすためには「投書のヤマを築けばよい」と自らを鼓舞し続けた。読者の支持さえあれば、そんな声に「勝てる」と。
 こうして昭和51年(1976)6月から連載がはじまり、翌年5月末に286回の連載が終わった。予想を超える反響、投書の山が支えだった。

◆長期連載に大きな反響
 しかし、長期連載のむすびは、やや暗いものになった。以下に抜粋してみる。

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「もうムラは亡びたと言ってもいい」と島根県伯太町で農村青年たちを指導する村田廸雄さんはいらだちを隠さない。
 農業基本法による近代化と高度成長にあおられて、農民の6割が切り捨てられ、農村の第一次崩壊は終わり、やがて第二次崩壊は平坦部や中山間地、ムラの中核農家がやられるのではないかと言う。
 その村田さんがかすかな希望を託すのは「産直や地方市場を通じての、ムラと地方都市を結ぶ流通圏」だという。ムラでできたものを、まわりのマチの人たちが食う。これを基本にすえることが新しい農業の方向ではないか、と。いわゆる地産地消である。
「そうすりゃ、農民は農産物の値段を、自分でつけることもできる。自分がつくったものを誰が食べているかもつかめる。安全性だって保証できる」
 ただ、これは人間がモノに優先する思想、「農業をつぶすようなヤツには食わしてなるか、という思想ですよ」

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 村田さんの主張は、山下さんの思想ともよく似ている。
 そして、わが取材班は次のように最終回を結んだ。

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 生産者と消費者。その間を往復しながら「変わってしまった食べ物」の周辺を追求してきた取材班が、最後にぶつかったのは、この20年来の高度成長政策であった。
 消費者、生産者双方のエゴをあげつらうばかりではことの本質を見失う。たたかうべき相手がなにか、めいめいが考えることでしか何も変わらない。

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 う~ん、こうして読み返してみると、いま、大論争が起きているTPPをめぐる日本農業の課題は、すでに50年前のこの企画でも指摘されていたと改めて思う。
「連載記事には読み忘れがある。本にせよ」という読者からの声にこたえて、連載記事は『当世食物考――わざわいは口から』と題して単行本でも刊行、増刷して1万部は売れたと記憶する。
西部本社管内(九州・山口)だけの連載記事の書籍化では稀有のことだった。