第五十一回 「鉄冷えの街」とデスク稼業

三原 浩良

◆「同時進行ドキュメント」
 報道部では遊軍のキャップからデスクまでおよそ5年在籍した。なかなかハードな勤務だったが、それなりに充実した日々ではあった。
 速報のテレビに挑む試みだったのか、前夜から当日午前にかけてのさまざまな動きをほぼリアルタイムで報道する「同時進行ドキュメント」が夕刊ではじまった。
 第一弾はボン特派員・伊藤光彦記者の「シュライヤー事件」。1977年(昭和52)秋、西ドイツの大物実業家・シュライヤーをドイツ赤軍が誘拐し、とらわれの赤軍派幹部の釈放を要求した。
 しかし、政府は釈放を拒否し、シュライヤーは射殺死体で発見される。ドイツ国内の左右対立の激化を象徴する事件だった。のちに『ドイツとの対話』でエッセイスト賞を受賞する伊藤記者は、時々刻々とうごく事件をたくみな文章でつづり、読ませた。
 その第何弾だったか、西部本社におハチがまわってきた。鉄鋼不況を題材に、新日鉄八幡のお膝元から発信しようというわけである。ドイツからの送稿は、時差をうまく利用してリアルな描写が可能だったが、こちらは文字通りのリアルタイムだから、なかなかに厳しい。
 今度は経済部と報道部あわせて記者5人のチームに、東京・経済部の鉄鋼担当記者、社会部の鉄鋼労連担当記者と連携しながらの二元取材体制。さいわい東京の記者2人はいずれも西部本社在勤時代からの旧知の記者たちで、連携はスムーズにいった。
 こんなことをくどくど書くのは、実は同じ新聞社なのに当時はまだ部や本社間に壁があり、なかなか連携プレーの難しい時代だったから。その壁に小さな穴をあけることができた。

◆タイトな取材「鉄冷えの街」
 タイトルは「鉄冷えの街」。「鉄冷え」という造語は、当時の久保元・報道部長のアイディア。言い得て妙。熱いはずの鉄が冷えるというネーミングが新鮮だった。
 この連載以降、「鉄冷え」は鉄鋼不況の代名詞となり、その後周期的に訪れる不況で繰り返し使われ、いまでは辞書にも載る一般名詞となっている。このネーミングに新日鉄の幹部は苦りきったそうだが、鉄鋼不況をひとことで、うまく言い当てていた。
 当時、鉄の街・北九州市には新日鉄、住友金属の二大製鉄所が操業していた。後年、よもやこの二社が合併するなんて考えもしなかったが。
 昭和53年(1978)には新日鉄四製鉄所の九設備が休止に追い込まれ、八幡製鉄所からは合理化で大量の労働者が千葉・君津などに移っていった。他社でも工場閉鎖、人員削減が相次ぎ、造船不況とならんで失業率をおしあげ、社会問題化していた。
 取材にたちふさがる企業の壁は厚かったが、各社の東京本社や業界、鉄鋼労連を通じて、壁は徐々に薄くなり、現地だけでは破れない壁に連携チームが穴をあけていった。
「同時進行」と銘打っているから、スタッフは深夜から早朝まで、夕刊の締切り時間ギリギリまで毎日走りまわらねばならない。二社の労使、合理化で他の製鉄所に転勤する労働者や家族、下請け労働者などの姿を手分けして追った。とはいえ、取材相手のドタキャンなどもあって、予定どおりには運ばぬこともある。
 締切り時間は迫るが、明日の原稿の予定がたたぬ。胃がキリキリと痛む日々。「よし、とにかく行ってみよう」と、キャップの片山健一君はスタッフと未明の労働下宿街に飛び込んで、合理化の不安におびえる下請けや孫請け労働者の実態を体当たり取材、翌日の紙面に間にあわせたこともあった。
 記事も同時進行なら、写真も当日、もしくは前夜のものを求められる。かならず「絵がいる」放送記者たちの苦労を少し味わった。
 このハードでタイトな取材に、スタッフもわたしも鍛えられた。

◆デスクってなんだ!
 新聞社のデスクの仕事は多岐にわたるが、まずは記者の書いてきた原稿の最初の読者であることだろう。その目線から原稿の取捨選択、書き直しの指示、ときにはリライトまでを、限られた時間のなかでやらねばならない。
 昭和38年(1963)から5年、ちょうどわたしの熊本在勤時代に、小和田次郎の『デスク日記』(全5巻)が刊行され、日々のニュースをめぐり、新聞の内情を容赦なく描いていた。小和田は実は共同通信のデスクだったが、ペンネームの覆面記者だったので、当時はどこの記者とも知らぬままに愛読していた。
 その小和田が覆面をぬぎ、原寿雄の実名で書いた『ジャーナリズムに生きて』(2011、岩波現代文庫)は、デスクについて次のように書く。
「デスクは、日々のニュースの価値を判断し、事実を確認、表現を決める。出先記者からの食材を料理し、付加価値の高い料理として世に出す板前・シェフである。(中略)ジャーナリズムの質を決めるのはデスクの質である」
 原はわたしよりひとまわり年長、戦後民主主義をみずから体現するジャーナリストのようだったが、このデスクの定義には、なかば共感しつつも、なかば異和を覚える。
 デスクは文字どおり通常、机で仕事をする。机が現場である。しかし、やはりそれはニュースの「現場」ではない。この定義の前半には異議はないが、後半は「デスク」を「現場記者」と置き換えるのが至当だと思う。
 デスクを3年くらいやったころだろうか、「机」ではなく、「現場」に出たがる虫が身中でうごめきだしていた。