第五十三回 知事選の舞台裏が見えた

三原 浩良

◆「知事になりたがる国会議員」
 昭和56年(1981)夏、原爆忌が終わったころから、長崎の知事選の候補選びが熱を帯びてきた。新参のわたしにとっては、県政地図の裏表を知ることのできる絶好の機会である。
 取材をはじめて意外なことが次々に分かってきた。どうやらことは東京で動いているらしく、長崎にいては隔靴掻痒、さっぱり実情がつかめない。
 3期12年つとめた久保勘一・知事が病に倒れ、次期知事のイスをめぐって保守陣営の迷走が始まっていた。過去四回の知事選をみると、保守候補が集めた票は90%近い。つまり保守候補が一本化できれば、決まり。選挙は信任投票のようなもので、保守内部(実際は自民党)の候補調整が事実上の知事選になる。
 久保知事の意中の人は自治省出身の副知事・高田勇氏。「党人が広げた風呂敷を官僚がたたむ」といわれるほど、長崎では政治家と官僚知事のバトンタッチがつづいていた。
 ところがこの保守内部の一本化が容易ではない。自民党県議に国会議員が入り乱れて、一本化調整をするはずの自民党県連はとうとうサジをなげ、国会議員団に調整をまかせた。
「長崎の国会議員は全員が知事になりたがっています。だから一本化調整を国会議員団に一任しても絶対まとまりませんよ」
久保知事はそう読んで、国会議員団への一任を了承したという。

◆永田町が決める県知事
 最初に手をあげたのは初村滝一郎・参院議員だった。
 初村氏も元国会議員の久保知事も中央派閥は同じ三木派、ならば三木派内の内ゲバかと言えば、そう単純ではない。
 8月末、自民県議30人中高田支持はわずか1とささやかれていたが、秋風が吹くころには初村10、高田10、中立10とみられるほど情勢は激しく動いていた。
 12年前の保守同士の激しい知事選にこりた経済界は、いちはやく在京経済人を通じて自民中央の大物たちにはたらきかけ、安定した保守県政、中央とのパイプ重視をと高田支持で巻き返しをはかっていた。
 長崎出身で〝財界の幹事長〟の異名を持つ、今里広記・日本精工会長らが太いパイプを持つ田中角栄氏に強くはたらきかけたようだった。
 経済界に先んじられた政治家たちは、猛反撃に出た。その先陣をきったのが初村氏だった。しかし、久保知事の読みどおり、8人の国会議員団は4対4と真っ二つに割れた。その結果、自民党県連に推薦申請をした10日後に初村氏は「県連を混乱させるわけにはいかぬ」と、あっさり出馬を辞退してしまった。
 何ともわかりにくい出馬表明と辞退であった。
このころ、わたしは高田支持の情報通の経済人としたしくなり、毎日のように彼の社長室を訪ねていた。長崎にいてはさっぱり全体の状況が見えず、イライラするばかりだったが、ここに入ってくる中央情報は確度が高いと思われたからだ。
 彼の話では、初村氏の出馬辞退の真相は「東京にいれば近いうちにいいことがある」と派閥領袖筋からささやかれたからだという。その筋とは〝目白の闇将軍〟こと田中角栄氏、ロッキード事件で総理のイスから転がり落ちたが、隠然たる勢力を保持し続けていた。
「まさか!」と思った。ところが、翌年の知事選を待たず、この年11月の鈴木善幸内閣の改造閣僚名簿に、初村氏は労働大臣として名を連ねているではないか。

◆〝闇将軍〟の力と地方
 初村氏の出馬辞退をうけて、今度は経済企画庁長官を二度も務めた倉成正代議士の名が取りざたされ始めた。もともと久保知事とソリの合わぬ倉成氏は、早くから久保県政批判を繰り広げ、反久保派の国会議員とも手を結んでいるとみられていた。
 倉成氏は中曽根派の座長、派をとりしきる重鎮である。次期首相をうかがう中曽根氏は、最大派閥の田中派に接近中とは衆目の一致するところだった。
 ところが、知事のイスに強い執着をみせていた倉成氏も突然、出馬を辞退してしまう。ここでもまた田中角栄氏の名がちらつく。
「次期総理をうかがおうというキミは彼の出馬も止められんのかね」と〝目白〟にやんわり? たしなめられた中曽根氏は「倉成は出させません」と確約したという。
 こうした〝永田町情報〟は、長崎では裏付けが難しい。旧知の政治部デスクに頼んで、さぐってもらうと、実際の「言葉」はともかく、大筋は間違いないことが確信できた。
 わたしは「一本化の舞台裏」など数本のコラムで、どのメディアも書かない舞台裏の情報を書き続けた。一本の抗議電話もなかったところをみると、当たらずと言えども遠からず、いやかなり正鵠を射ていたのではなかろうかと思う。
 高田氏は翌年3月の選挙で圧勝し、その後、3期12年、長崎知事の座にあった。
 選挙後、田中角栄氏が長崎にやってきた。その夜、料亭で地元の歓待を受けたが、知事や代議士たちを控えの間に待たせて、まず杯をかわしたのは、わたしの情報源の経済人だったという。
 知事選の候補調整の舞台裏は驚きの連続だった。