第五十七回 誤りを正すに憚ることなかれ

三原 浩良

 朝日新聞のふたつの誤報が厳しい批判を浴びている。
 従軍慰安婦の強制連行報道と、福島原発事故の政府事故調査報告書中の吉田・福島原発所長の聴取内容の特報記事、ふたつの誤報である。
 他紙や週刊誌から非難の十字砲火を浴びて、とうとう社長が記者会見で謝罪し、辞任に追い込まれる騒ぎになった。
 報道に誤報はつきものと言ってよい。誤報の古傷を持たぬメディアなどない。誤報やむなしとまで言うつもりはないが、問題はその事後対応である。誤報とわかったら素早く訂正し、詫びることが肝要だ。
 ところが、今回の朝日新聞のケースは訂正も謝罪も、あまりにも「遅きに失した」。これでは、非難されなければほっかむりするつもりじゃなかったのか、と疑われても仕方のないほど遅かった。
 ひとくちに誤報と言っても、さまざまなケースがあり、一概には言えない。しかし、今回のケースはあまりにもシリアス、重大なケースで厳しい批判を浴びてもやむをえまい。

◆ふたつの「自供」の誤報
 わたしの乏しい経験をかえりみても、いくつかの誤報を苦々しく思いだす。ジャーナリズムのはしくれにあって、いまでも古傷がうずく。
 後輩の若い記者が小さな特ダネを書いた。放火の疑いで逮捕された被疑者の「自供」を特報した。ところが、彼の自供したやりかたではどうしても発火しないため、釈放された。この被疑者から抗議を受け、わたしがかわって対応した。
 いったん「自供」したことは彼も認めるのだが、実際にはやっていないという。名誉を回復せよ、というもっともな訴えである。しかし、そのことを紙面にもう一度書けば、彼はふたたび世間の視線にさらされる。それは困ると言う。どう解決すればいいのだろう。結局、彼は金銭を求めてきた。「自供は事実だから金銭的な補償はできぬ」と答えて決着したが、果たしてこれでよかったのかどうか、今もってわからない。
 いまひとつはデスク時代の苦い経験。病院長を拉致して切り刻み、海に投げ捨てた二人組が逮捕されたが、なかなか自供しない。そのうちのひとりが深夜の取調室で突然大声で泣わめいた。ドア越しに聞いていた記者はてっきり「自供した」と思いこみ、社会面トップで報じた。翌朝の他紙をみて愕然とした。この男、「自供」したのではなく、取調室で自殺をはかって失敗し、泣きだしたのである。
 言訳にはならぬが、締め切り時間ギリギリだったので、裏付けがとりにくかったのである。言訳にはならぬが、加熱する事件報道には、ときに誤報を生む罠がある。

◆生と死の取り違えミス
 長崎支局長の時代にも対応にあわてる誤報が続いて起きた。
「大変だ。死んでいない人を紙面で殺している!」と早朝の電話にたたき起こされた。
 交通事故で夫妻死亡という前夜送稿した記事、たまたま日曜日でわたしがデスク番についていたからよく覚えている。若い記者が県警情報を二人死亡と勘違いし、現地に確かめぬまま記事にした。現地の記者によれば、夫人は即死だったが、ご主人は軽傷で入院中だという。
 原稿をチェックしたわたしも同罪である。すぐさま現地の記者に病院にとんでもらい、幾重にもお詫びして、訂正記事を出したが、これではおさまらなかった。
「弔電を打ってしまったがどうしてくれる」「香典を届けてしまった」と抗議を受ける。ひたすらお詫びするしかなかった。
 出張で北九州市にいた。こちらも早朝、あわてた声で支局のデスクから電話。
「えらいことが起きてしまった。誕生とお悔やみを取り違えている!」
 地方版では、赤ん坊の誕生と死亡者名簿を市役所への届け出をもとに毎日載せていた。ところが、あろうことか、「おめでとう」と「お悔やみ」のカットを編集者があべこべに入れてしまい、校閲記者もこれをスルーパスした単純だが、ひどいミスである。
 支局員全員が手分けして、該当者の自宅にお詫びにまわった。苦笑してすませてくれる人もいたが、生まれたばかりの赤ん坊を「死者」扱いされた人からは「縁起でもない」と激怒された。
 緊張感を欠いて気を抜くと、こんなとんでもない誤報も起きる。
長崎版のコラムで「おわびして訂正」のタイトルで、もういちどお詫びした。切なかったなあ。