第六十四回 酒気帯び運転の「コラム」

三原 浩良

◆「読めば二日酔いになりそうだ」
 長崎勤務5年のあいだに毎週書きつづったコラム(「西海評論」)のスクラップ・ブックが2冊、数えてみると231本になっている。
「ぜひ本にしなさいよ。費用の心配はいらないから」とまで言って、すすめてくれる人もあったが、「いや、新聞記事なんて読み捨てるものですから」とご辞退した。
 節目々々では、行政への辛口批判や世相への不満もつづり、それなりの手応えや反響もあった。だが、スクラップ・ブックをめくってみると、なんとまあ酒についての文章の多いことか、われながら驚く。ネタ切れになると、酒のことを書いている。
「近ごろ酒談議のいっちょん載らんね。面白なかよ、酒のにおいのせん西海評論は。そいが楽しみで読みよっちゃが」
 酒好きからこんな催促を受けるかと思えば、下戸からはお叱りも受ける。
「酒の話は書くな。酒を飲んで書くな。読んだだけで二日酔いになりそうで不愉快だ」

 そんな酒気帯び「コラム」のなかで、比較的お気に入りの、まるで躁と鬱のような二編を引いて、長崎に別れを告げることにする。

◆村木さんの勲章
 人呼んで〝夜のゴッド・ファーザー〟、あるいはまた〝銅座のドン〟とも。
 知らぬ人が聞けば、何やらその筋のお方と勘違いしそうなニックネームだが、さにあらず。左党のドン、飲んべえたちがなかば畏敬をこめてたてまつった愛称である。
 ほかでもない、野母商船社長の村木信一郎さんのことである。このたび、勲三等旭日章の叙勲。ご本人によれば「昼はヤボ商船、夜は飲もう商船」社長だそうである。もし、夜の勲章あるならば、勲一等まず間違いあるまい。
 一メートル八〇を超す偉丈夫、七十一歳。ひと昔前ならそろそろご隠居の身であろうが、どうしてどうして酒量いささかも衰えることを知らず、公私昼夜を問わず現役を張りとおし、この人の姿みかけぬ銅座の夜はない。
 深夜、車の中でもめた。
「お送りします」
「いや、あんたが先だ」
「いや、それは」
「ハハ~ン、俺を降ろしてから自分だけまた飲むつもりだろう」
「まさか」
「そうはいかんよ」
 てな次第でふたたび銅座へUターン、未明に及ぶ。飲んべえとはまことにおかしなものである。
 この人の夜の口癖のひとつ。「もてちゃって、もてちゃって」。これが困るのである。冗談ならいいのだが、本当に「もてちゃう」のである。
 だから、ここだけの話だが、一緒に飲むのは実に不愉快なのである。
 社長業四十五年、功なり名とげても決して威張らぬ器量の大きさ、尋常ならぬこまやかな気遣いがご婦人たちの琴線をふるわすのに違いない。
 洞察鋭い人物評、社会時評も微醺帯びれば抱腹絶倒のユーモアと人情のオブラートに包まれて耳に心地よく、酒間談笑のうちに夜がふける。
「家族にも下着姿を見せたことはありません」と身内の人から聞いて驚いた。
 明治のご両親のしつけは極めて厳しく、高島航路を走る夫婦船「せい丸」「つや丸」にその名を残し、遺徳をしのぶは並のことではない。
 毎月一日、酒気を断ち、亡友、ご先祖数十人の名を唱えてその冥福を祈る。
 かと思えば高商時代、肩で風切る帝国海軍三人の水兵を向うにまわし、あっさりのしてしまったかの有名な〝思案橋水兵殴打事件〟の主人公。
 柔剛とりまぜ数々のエピソードが描いてみせる氏の人間像は、その身の丈より高く、その航路は海より深く、われら凡夫の遠く及ばぬスケールの大きさ。
 生意気言わせてもらえれば、大正という時代が青春の上海で種をまき、長崎の風土の中で実をつけさせた一代の快男児というべきか。(昭和60年5月6日)

◆春愁の酒場
 表は雨らしい。
 さっきまでの華やいだ若い人たちの会話でそれと知れた。耳をすますが、雨音は聞こえない。大した降りではないのだろう。
 黙って空のグラスを押し出すと、素早くグラスを満たしてマスターが押し戻してきた。グイッとひとふくみ、夜ふけの酒場で静かにひとりグラスを重ねるのも悪くない。
 大正十一年生まれというマスターが、無言のままグラスを拭いている。時折、チラリとこちらに視線を向ける。もうそろそろ看板にしたいのだろうが、こちらはまだ立ち上がる気にならぬ。
 マスター好みのジャズのスタンダード・ナンバーが低く軽快に鳴っている。表の路地を通り過ぎる酔客の放歌も消え、足音もまばらになってきた。
 それでもまだ立ち上がる気にならぬ。
 わけありげな男女ひと組がひそやかに入ってくる。男のコートの肩がかすかに雨滴で濡れている。その額ににじむ疲れにわけもなく共感する。
 気をきかしたマスターがさりげなくボリュームをあげ、スローテンポのジャズボーカルに変わった。カウンターの向う端の男女にカクテルを出したマスターはふたたび中央に戻ってグラスを拭き始めた。
 これでまたあとしばらくは飲める。この時間になって、とりわけ酒がうまいわけではない。人恋しくてだれか相手が欲しいわけでもない。ただじっとこうして時間を無駄に流してしまいたい。不得要領な気分にとらえられているだけである。
「どうしてそんなに飲むんですか」と問われても答えようがない。自分にだってよくわかっていないのだから、とても他人に理解してもらえるように説明できない。
 こんな時、沈む思いは大抵人を過去に連れ戻す。アルコール性の精神の衰弱だと重々承知していても、それに我が身をゆだねてしまうのも悪くない。
 今夜のような気分の時は、よっぽど騒々しい場所か、極端に静かな場所に身を置くのがよいと、経験が教えてくれる。
 浮世のあれこれを忘れ、とらえどころのない過去の海に意識が漂いだすと、悲哀と疲労をアルコールが徐々に薄めてくれる。
「じゃあ、これで」
 奥の連れが言葉少なに立ち上がった気配で急に現実に引き戻される。
 さすがにこれ以上は粘れない。潮時というものだろう。促される前に立ち上がったが、おっと足をとられそうになった。
 やはり表は雨だった。足下からかすかに冷気がはいのぼってくる。路地の人通りもすっかり絶えている。

 春寒の 寄りそひ行けば 人目ある   虚子    (昭和61年2月17日)