第七十一回 じわり出版不況の荒波が

三原 浩良

◆自費出版が大幅に減った
 若者の活字離れが話題になりはじめていた。「学生が本を読まなくなった」という大学教官のぼやきや、大学生協の書籍部からは売上げが落ちたと嘆く声が聞こえてくる。
 平成8年(1996)前後が出版のピークだった。書籍、雑誌をあわせた総売上げは2兆円超、全国の書店数2万5千店。それが坂道を転がり落ちるように右肩下がりとなり、今年の年初のデータでは、総売上げは約1兆6千億円、書店数は1万4千店弱までに減っている。
 福岡・天神の繁華街には紀伊國屋、丸善などの大型店4店が出店して〝ブック戦争〟をくりひろげていたが、その一方で閉店に追いこまれる中小の〝街の本屋さん〟が目立ちはじめた。一時は毎年千店の書店が消えると言われるほどの激減ぶりだった。
 出版不況を実感したのは、平成9年の決算でいきなり売上げが対前年比24%減、金額にして4千万円近くも落ちたときだった。さいわい印刷費の削減や粗利率50%の目標は達成できていたので赤字こそまぬがれたが、これはショックだった。
 その主な原因は自費出版物の受注が大幅に減ったことである。それまで総売上げのほぼ40%前後を自費出版の売上げが占めていたのだが、この年一挙に26%に落ちていた。
 数年前から自費出版専門の数社が派手な新聞広告で競いあい、トラブルも伝えられていた。そんな動向をわたしは「まるで潮干狩りでにぎわう砂浜にいきなりブルドーザーで突っ込み、ごっそりアサリを獲っていくようだ」と業界紙に書き、出版不信をまねくモラルハザードに注意を喚起した。
 北九州の知人の相談を受けて驚愕した。打ち合わせに上京するなら飛行機代もホテル代も出版社が負担するという。自費出版の常識ではありえない話だが、「全国の書店に配本します」「広告もだします」という誘いは著者には魅力なのだろう。その見積書の金額は法外と思えるほどに高い。実は旅費もホテル代も最終的には著者の負担になっているのだが、みんな「甘い言葉」には弱い。
「書店に配本」というのが曲者で、実際に一部の大手書店にはそんな出版社のコーナーができていた。一年後に出版社がすべて買い取る仕組みだから書店にはリスクがない。もとはと言えばこれも著者の負担、なかなか巧妙な仕組みである。
 出版不況のあおりであろう、やがて大手出版社まで自費出版に参入しはじめる。地元の印刷屋さんたちも印刷需要を掘り起こすために自費出版に乗りだし、受注競争は激しさを増してきた。自費出版売上げ激減はそんな背景のなかで起きたことだった。

◆既刊本が売れなくなる仕組み
 もともと出版は多品種少量を特徴としているのだが、出版不況がそれに拍車をかけ、出版点数は増える一方で、書店の棚を新書や文庫が占めるようになっていく。書店での書籍の回転が早まれば既刊本は片隅に追いやられ、やがて返品される。書店では〝即日返品〟なんておそろしい言葉がささやかれていた。この負のスパイラルは強力だった。
 葦書房の場合、それまで新刊書の売上げが60%、既刊書(刊行後半年以上)40%の比率で推移していたが、次第に既刊書の比率が落ちてくる。在京中堅出版社の営業担当の話では、かつて既刊6:新刊4だった比率が、新刊7:既刊3と逆転してしまったという。
 出版の流通は複雑で一般にはなかなかわかりにくい。本は「取次」とよばれる卸問屋を通じて書店に流れていく。出版社がつくった新刊本は、この取次に配本を依頼する「委託配本」と、書店からの注文を取り次ぐ「注文」のふたつに大別される。ほかにもさまざまのルートもあるが、大半の本はこのふたつの流れで出版社と書店を往復し、取次がそれを仲立ちする。
 出版社は取次に新刊本の希望配本数を申請し、取次の判断で決められた配本数に従って納品する。配本数は取次の判断できまるが、その内実は正確にはわからない。3千社もある全国の出版社から配本依頼のくる大量の本の配本数をどうして決めるのか。おそらく過去のデータからパソコンがはじきだす、いわゆる「パターン配本」で決まっていくのが大半だろうと思われる。
 葦書房を引き受けて5年目ごろだったろうか。トーハンと日販の業界二大取次のうち、日販が系列書店の経営不振などからとつぜん委託数の大幅減数を通告してきた。
 前年まではほぼ希望通りか、減数されても10~20%だったものが、とつぜん希望数の半数以下に減らされたのである。この年の新刊で2万部を超すロングセラーになる村田喜代子さんの『名文を書かない文章講座』も、希望数1300冊に対し日販は500冊に減数、トーハンは同じ希望数に対し20%強減数の1000冊だった。
 ショックだった。調べてみると、このパターン配本では、たとえば宮崎市の地域一番店への配本は0、佐賀市の一番店が1冊である。事前注文をとっていない大型店へも2~3冊の配本しかされていない。
 いよいよ出版不況の荒波が押しよせてきた。地方の小さな出版社は、生き残るためにどう対処すればいいのか。必死になって考える日々がつづく。