前山 光則
6月24日、日曜日。午前5時に起きて、ある雑誌から頼まれた随筆の執筆にとりかかった。外は雨。なんだか、原稿がなかなかはかどらない。
不意に、朝市を見てみたいなあ、と思った。
5時40分、思い切って車で家を出た。橋を渡り、土手沿いに河口の方へと走って、たったの7、8分で蛇篭(じゃかご)港である。雨が一段と激しくなっていた。傘をさして車を下りると、だだっ広い船着き場に人が20人ぐらいはいたろうか。でも、魚屋さんはどこにいるのかな。「朝市は、やっとらんとでしょうか」と年配の男の人に訊ねると、「まだここに来とらんたい」とのこと。なんでも、いつもはもっとずっと早くに沖から漁船が帰ってくるのだが、「今日は時化(しけ)とるからなあ」、男の人は心配そうな顔だった。
ところが、二人が喋っているうちにどよめきが起きた。一隻の漁船が港に着いて、船から漁師さんが二人、それぞれに魚箱を運んでくる。天気の良い日には何隻も船が着くし、買いにくる人たちも大勢いてえらく賑わうのだという。だが、一隻分だけでもワイワイガヤガヤの騒ぎとなった。不知火海沖合の定置網で獲れた魚たちが箱の中で跳ねて、飛び上がり、箱から飛び出るのもいる。海が荒れたためにいつもより漁獲はグンと落ちたそうだが、それでもチヌ、グチ、ボラ、スズキ、カニ等がいる。40センチを超える川魚のイダも混じっており、「雨が続くと、沖に出て行くとぞ」とのことだ。海水の塩分が薄まるから、川魚たちも海へ遊びに出るのだろう。
皆さんが次々に魚を手に入れてゆくので、気が気ではない。「ほれ、これを買わんか」と漁師さんが示したのは、2キロ近い大型チヌで、700円という安さだ。でも、これだと捌くのが大変だから、小さなチヌを2匹買った。小さいといっても手のひらよりももう少し大きくて、それが2匹で300円だった。
魚だけでなく、ライトバンの荷台に赤飯や散らし寿司、稲荷寿司、餅、野菜等を広げて販売する夫婦がいた。すべて自家製だという。「この中で、どれが一番おすすめですか」と聞いたら、御主人の方が胸を張って「それは、もう、この、杵つき餅。自信がある」と答えた。よし、それでは貰おう。パックにあんこ入りの杵つき餅が5つ入って330円と値段が印刷してあったが、300円で良いとのこと。さらに「おまけ」と言ってミニトマトを一袋くれた。50ヶほどぎっしり入っている。完熟した、おいしそうなミニトマトだった。
杵つき餅は、帰宅後さっそく朝飯代わりに食べた。なんだか、正月が来たような幸福感だった。昼飯の時にチヌを塩焼きにしたが、身がホクホクして、美味。チヌは今、旬(しゅん)なのだろう。毎週日曜日に蛇篭港で魚の朝市が行われるということは前から知っていたのに、今までなぜか見物せずじまいだった。これは、どうも、常連になりそうだ。