第179回 別府へ行く

前山 光則

 3月4日から6日まで、家族3人、大分県別府市で遊んだ。旅館の内湯に何度も浸かったのはいうまでもないこと、海辺での砂湯や鉄輪(かんなわ)のむし湯、明礬(みょうばん)温泉の露天湯等にも入ってみた。温泉の蒸気熱を利用しての「地獄蒸し」も体験し、蒸したてあつあつのホタテ貝・スイートコーン・ブロッコリーはなかなかにうまかった。
 別府八湯のうちの一つ鉄輪温泉の中の宿に泊まったのが良かった。わりと近くに名残り雪に染まる鶴見岳が見えて、良い景色だ。そして、「鬼山地獄」「白池地獄」「かまど地獄」などの「地獄」からだけでなく、町のあちこちから湯煙がもくもくと立ちのぼる。日本中に数ある温泉町の中で、こんなに湯煙豊富なところはそうはないのでなかろうか。地獄の近くには旅館や共同浴場、飲食店、土産物店等が建て込んでおり、芝居小屋もある。温泉地ならではの雰囲気に浸ることができた。
 鉄輪への宿泊を薦めてくれたのは、『別府八十八湯 名人への道』(弦書房)の著者・祝部幹雄氏である。その祝部氏が、3月5日、鉄輪温泉と明礬温泉を中心に案内してくれた。温泉名人であるだけに実に詳しくて、ありがたかった。明礬温泉の眺めの良い場所にある露天湯に一緒に入った後、祝部氏は「もう少し辺鄙なところも見てみませんか」と言って、山の方へ連れていってくれた。そこは別府の町が見下ろせる斜面で、広い霊園のすぐそばにある。斜面の窪みから湯がこんこんと湧き出て、小川となる。そのちょっと下辺りが池になっており、男性が3人入浴していた。これは露天湯というよりも「野湯」だろう。「鶴の湯」と名がついており、入浴料は要らないそうである。時間が気になって先を急いだのだが、ああ、ここに浸かりたかった!
 その代わり、「鉄輪むし湯」には入ってみた。狭くて天井が極端に低い石室の中、干した石菖が敷き詰められた上に仰向けに寝て8分間蒸されるのだが、熱い熱い。普通のサウナよりも熱気が凄いのである。手足がチリチリとしてきて、つらい。しかし、熱気に蒸された石菖の匂いのなんという香ばしさ。いかにも体に薬効あり、という感じである。石室を出た時は汗だくだくで、だが湯槽に浸かって汗を落とすと、スッキリする。女湯の方から出てきた女房も実に満足した表情だった。
 祝部氏が言うには「別府は温泉の他にこれといって産業がない」のだそうである。「それでいて、温泉をもとにした観光業で12万の人口が保てているんですよ」ということである。そうなのか。別府は、若い頃に職員旅行等で何度か遊んだことがある。でも、温泉都市としての大きさ深さを感じるのは今回が初めだ。いやいや、あの頃は宿で飲みあかしたり流川通りあたりの歓楽街で遊びほうけることばかりやっていた。祝部氏の言うようなことには気づこうともしなかったのだなあ。
 
 

▲明礬温泉・鶴の湯。画面下の斜面から湯が湧いて出る。湯加減もちょうど良くて、皆さん風景を眺めたり談笑したりしながら満足げに湯に浸かっていた。この次別府に行ったら必ず入ろうと思う

▲鉄輪地獄むし湯。鎌倉時代に時宗の開祖・一遍上人が創設した湯の一つなのだそうである。普通のサウナとはまた違った迫力あるむし湯、ぜひ体験すべきである

▲鉄輪温泉の地獄蒸し工房。蓋を開けて食材を入れ、蒸し上げるのである。ブロッコリーは3分、ホタテ貝は15分ほどでおいしく仕上がる。この工房だけでなく、旅館でも地獄蒸しができる

▲ヤングセンター。鉄輪温泉の中心部にある芝居小屋。観客は年寄りが多いようだが、「ヤング」の名のとおり若い人たちも来るそうである