第378回 新年を迎えて

謹賀新年。
 なんだか、これまでの正月とはだいぶん違う気持ちである。何といっても昨年の春先から新型コロナウイルスが到来し、これまでの生活リズムが揺るがされてしまった。夏から秋にかけて鎮まる傾向が見られたが、冬場に入って再び患者数が増えてきた。夏場よりもむしろ状況はひどくなっている。
 外へ出る時、必ずマスクを嵌めるのがすっかり習慣となってしまった。これまで、風邪を引いた時ですらあまり使用しなかった用品だが、今ではそれなしでは人のいるところへは出て行けなくなったのである。こんなふうにマスクが日常の中で常に必要とされるなどとは、今まで経験したことがない。この世に生きているとまったく色んなことがあるもんだよなあ、と溜め息を吐くしかない。
 そして、帰宅したらしっかり手を洗う、うがいをする……。
 もっとも、長野浩典・著『感染症と日本人』(弦書房)が今手元にあるから開いてみたが、人類はこれまで天然痘、コレラ、スペインかぜ、ハンセン病等といった感染症をいくつも経験してきているのである。なるほど、そうなのか。ここは一つ『感染症と日本人』をよく読んで勉強しなくてはならない。
 元日は、曇りのち晴れ。寒さもやわらいで、穏やかな一日が過ごせた。娘が正月休みで帰って来てくれており、朝の8時頃に一緒にお雑煮等を食べてささやかながら新年気分を味わった。そして、10時頃、ひとりで外へ出た。毎日4、50分歩くのが習慣になっているので、お正月だからとて休む気にはなれない。散歩に出たついでに、家から1キロほどのところに鎮座する麦島神社で初詣。ここは500年ほど前、小西行長が築城した麦島城の大手口に創建されたという歴史を有しており、正式名称は「麦島大神宮」である。ただ、「大神宮」とは名ばかりで、敷地に入って10メートルも進めば拝殿だ。かねてから参拝者は少なくて、例年初詣に来るが、参拝者が5人以上いた試しがない。2年前にここのことを、

 誰も来ぬ神社が好きで初詣

 とヘッポコ俳句をひねってみたから友人に見せたものの嗤われてしまったのだが、今回は果たしてほんとに誰も参拝者がいなかった。ゆっくり、しっかり柏手を拍って初詣を済ませたのであった。神社を出ようとする時、中年のご婦人が境内に入ってくるところであった。コロナ禍で「密」を避けよと奨励される中、こういう状態ならばいたって安全だ。
 夜になって、何人かの友人・知人に電話で新年の挨拶を行なった。
 京都府の丹後半島の山奥で一人暮らししている木地師・大益牧雄さんは、
「そちらは雪が大変でしょう」
 と訊いたら、
「うん、まあね」
 と余裕ある声を返してくれたが、実際の積雪量は、
「今、1メートルを少し超えているなあ」
 とのこと。ビックリしてしまうではないか。放っておいたら住まいが潰れかねないし、山の下の町へ出かけるにも難儀なので毎日雪掻きをするしかないのだそうだ。
「だから、器を作る時間よりも雪を取り除く作業の方がずっと多いのよ、アッハッハ」
 ぼやきながらも、相変わらず元気そうであった。ただ、雪かきして道を作り、山を下って町へ買いものに行くと、町のみんながマスクをして往来しており、なじみの店に入っても会話が少ない。誰もが「密」を避けようと努めているので、自分としても用心するしかなくて、
「この山の中でおとなしくしているのが、一番のことだね」
 と心境を述べてくれた。
 神奈川県に住む亡妻の従妹にも電話してみた。看護の専門家なのだが、
「この頃、ご近所さんとの人間関係が微妙になって来てるんですよ」
 とぼやいた。かねては道で会えば気さくに挨拶し、お喋りをする。仲の良い人のところへは遊びに行くし、何かおいしいものが手に入ったらお裾分けしたりもする、そのような近所づきあいができていた。しかし、この頃ではそれがめっきり減ってしまったという。
「お互い、接触をためらってしまうんですよね」 
 加えて、この頃の一般的傾向として「医療従事者への眼が気になる」のだそうだ。すなわち、医療従事者は、日々、新型コロナウイルスとの闘いの最前線にいる。ほんとに大変な日々である。ただ、最前線にいるだけに、また、一般の人々は感染を怖れる。日常生活の中で医療関係者に出会うと、
「避けようとするんですよね」
 と彼女は赤裸々なところを語ってくれた。
 こんなふうに元日の夜、知り合いたちに新年のご挨拶の電話をしてお喋りした後、昨年の夏頃に読んだ田中優子・著『苦海・浄土・日本 石牟礼道子 もだえ神の精神』が思い浮かんだ。石牟礼文学はなぜわれわれの心に強く食い込んでくるのか、縦横に論じてあり、教えられること多い本だった。詳しい感想は東京新聞に書いたからここでは記さぬが、この本の最後に著者の述べていることがまた現在の状況を鋭く指摘してあった。

     いま、道子さんはどこにいるのだろうか。生体膜の消えた宇宙の彼方か、ひゅんひゅ んと鳴る川の神さんが下りてくる風の中か、あるいは再生しつつある不知火の海底か。
     二〇二〇年八月、日本はまだ緊急事態のさなかのようだ。世界では一月中旬にたった一 人だった新型コロナウイルスによる死者が、八ヶ月後のいま、九〇万人に迫ろうとして いる。一月一一日に四一人からカウントが始まった感染者は二七〇〇万人を超え、さら に増えていくであろう。自然との共存ではなく介入と破壊が続けば、その波はこれからも何度も訪れ、もっと多くの人々が亡くなる。水俣病がそうであったように、事態は隠され、甘く見られ、やがて病者や濃厚接触者や医療従事者は差別された。誰もが当事者 に成り得ることを想像しないことで、差別が起こる。国や地域や企業や経済が不利な状 況に置かれるのを恐れて、事実を隠す、あるいは誤魔化す。同じことが繰り返されてきた。
      願わくば、石牟礼道子には永遠のアニマとなって、衰弱しつつあるこの世の行く末を、その透徹するまなざしで見つめ続けてほしい。透明性を失ってゆくこの世で、隠しも隠れもせず事実を開示し、むき出しになったその弱さをさらしてほかとつながり、力を合わせて乗り越えていく世界になるよう、祈り続けてほしい。

 著者は、新型コロナウイルスが蔓延しつつある状況下、水俣病の時と同じように事実隠蔽やごまかしや差別やらが繰り返されていることを嘆く。そして、亡き石牟礼道子に向けて「衰弱しつつあるこの世の行く末を、その透徹するまなざしで見つめ続けてほしい」との願いを記している。これは昨年8月現在での著者の見解が記されているのであるが、あれから事情は変わって来たろうか。相変わらず、いやむしろあの頃よりもコロナ禍は進行し、「病者や濃厚接触者や医療従事者は差別された」ような事態がずっとはびこっている。人間、普段はなごやかに過ごしているが、ちょっと窮してくればすぐさま精神の脆弱さをさらしてしまうのだな、と言わざるを得ない。
 さて、今年いつまでコロナ禍が続くか。事態は好転せずに、ずっとこれが続くのか。楽観的なことは決して言えないはずだが、しかし、かといって悲観的になろうとも思っていない。長野浩典・著『感染症と日本人』が教えてくれるように、人類はこれまで種々の感染症と闘ってきて今日がある。今回みっちりと新たな経験をせよということなのだな、と心得ておこう。だから、焦るまい。新年を迎えた現在、そんな気持ちである。

▲麦島神社 こじんまりした神社である。いつ行っても、ここはひっそりしている。