第412回 晩白柚の浮かぶ大浴場で 

前山光則

 年末は、楽しいこともあった。 
 12月に入って間もなく、かねてからなじんでいる日奈久温泉総合センター「ばんぺい湯」に出かけたところ、ちょうど受付のところにいた若い支配人Sさんから、
「相談があるんですが」
 と声をかけられた。
 なんでも、来たる12月22日の夕刻、NHK総合テレビが全国ニュースの中でばんぺい湯を紹介してくれることとなった。ついては、その時間中、2階の大浴場に入浴客として浸かっていてくれないか、インタビューも受けてもらうか知れない、と言うのであった。
「俺だけが?」
「はい、今のところは」
 まだ他にも声はかけるつもりだが、それにしても、
「いやあ、その時になってそこに居る人に頼んでも、なかなかウンと言ってくださる人は居らんだろうかな、と思うんで、前もってお願いしておかないと……と、思って、ですね」
 だから、まずはわたしに相談したのだという。おやおや、まあ。だが、
「よし、分かりました」
 答えたのであった。
 大浴場に浸かって、テレビカメラに映されてしまうのだから、これは自らの裸を全国にさらしてしまうことになるわけであるが、しかし、気安く相談してくれたのが嬉しかった。
 気の置けない友人Kさんにそのことを言ったところ、彼は、唸るような声で、
「うーん、それは、ははは、ご苦労なことだな、あっはっは」
 と笑い飛ばしていた。
 ところが、それから何日か経ってばんぺい湯に行ったところ、また支配人さんと出会わした。彼は、目を輝かせて、
「22日のテレビのことですが、ご友人のKさんにも頼めないでしょうかね」
 と言った。ほらほら、そう来なくてはいけなかった。
「うん、今すぐに説得しよう」
 その場でスマホを使い、連絡を入れて、
「おい、これはあなたも一緒でないといかんよ。分かったね」
 と強引にK氏に言って、支配人さんにも代わってもらった。彼は、丁重に、
「はい、そうなんですよ、12月22日の、夕方、ぜひお願いします」
 と正式に依頼。こうして、Kさんとわたしは共にテレビに映ることとなった。
 さて、当日、早めに来てくれと言われていたから、4時過ぎ頃にはばんぺい湯に行った。撮影スタッフはすでに午前11時には来館し、放送のための仕込みを済ませたのだそうであった。さすがNHK、用意周到だ。
 5時前から衣服を脱いで、2階の大浴場の方へ入った。すでに入浴中の人たちにはNHKスタッフやばんぺい湯の職員さんたちが事情を話して、テレビカメラが入って来ても戸惑わないよう説明していた。その人たちに声をかけて、
「皆さんも、一緒にカメラの前で湯に浸かっときましょうや」
 と勧めたが、どなたも尻込みしてサッサと大浴場から退散して行った。そうか、やはり、支配人さんが前もってわたしたちに声をかけていたのは正解だったのだ。
 というわけで、テレビカメラの前に姿をさらすのはKさんとわたし、それからもう一人、支配人さんが依頼しておいた地元のご老人、この3人ということになった。
 さてそれからが、である。いよいよ湯に身を沈めようとしたら、NHKスタッフが大きなバスタオルを持って来て、
「これをお腰に巻いてから、湯には、浸かってくださいね」
 とのたまうではないか。そら来たゾ、とこちらは身がまえて、
「イヤだ! そぎゃんことしたら、湯が汚るる。かねてから、湯槽でタオルを浸けるなんてことすると叱らるっとだから」
 ダダをこねた。常々、テレビで色んな旅行番組を観ていて、出演者がバスタオルを腰に巻きつけて入浴する、あれがわたしは大嫌いである。理由はごく簡単で、「不自然」の一語に尽きる。どんな人であっても、タオルを腰に巻いて入浴なんかしない。浴場をなるべくきれいな状態に保つための、これは初歩的なマナーというものであろう。だから、NHKさんの要望には応じたくなかった。
 だが、担当者は低姿勢で、
「お願いします。そうしないと、撮影が、できないんですよ」
「うんにゃ、イヤだ!」
 とわたし。
「いやあ、お客さんの肝心なところが画面に映ってしまうのは、ねえ、困るわけですよ」
「そんならばたい、あんた、肝心なところをカメラが映さないようにすれば、良かでしょうもん。簡単なことたい」
「いや、それが、やはり」
「どぎゃんしても映るようなら、ボカシを入れれば、大丈夫じゃろうもん」
「あ、はい、ボカシ、あれは実況の場合は技術的に無理なんですよ」
「ん?」
「録画ならば、後でボカシ細工ができるのですが」
「フーン、そうかねえ……」
 Kさんもわたしも、納得できなかった。
 でも、あまりゴネルのも大人げないから、仕方なく不承不承バスタオルを巻いて湯に浸かることとなった。
 大浴場には、大きな晩白柚(バンペイユ)がいくつもプカプカ浮かんでいる。この時期、ここではいつも八代名産のこの直径17、8センチほどもあるどでかい柑橘類が浮かべてある。不思議なもので、晩白柚が浴場に何個も浮かんで揺れているだけで、なんだか心豊かになるというか、和むというか、格別な気分になれる。
 そして、アナウンサーがやはりバスタオルを巻いた姿で浴場に入ってきて、いよいよである。だが、湯に浸かってアナウンサーが喋り出すのを待つが、なかなか始まらない。茹だるような状態になった。待ち遠しくてならなかったが、やがてゆるゆるとカメラが回ってきた。アナウンサーが、本日は冬至です、だからこんな日はどこでも湯槽に柚子を浮かべる慣わしがありますが、ここ熊本県八代市の日奈久温泉では晩白柚が浮かべてあるのです、というようなお喋りをした。そして、持っていたマイクをわたしたちの方に向けたので、こちらとしてはやや身がまえた。しかし、幸い捕まったのはわが友Kさんだった。
 アナウンサーが、
「どうですか、湯加減は」
 と訊ね、マイクを向けた。Kさんは、
「はい、良い湯加減。世界最高の柑橘類が浮かんどるし、気分も最高です!」
 と、まことに気の利いた答え方をしたので、さすがわが友は違うなあ、と感心した。
 だが、それでもうお終いであった。
 テレビ画面は、すでにまったく違う話題へと移ってしまっていた。そんなふうにほんの短い間だったのだが、湯から上がった時には頭がボーッとする程に上気していた。
 支配人さんは、ご褒美に、2階大浴場の方の入浴料タダ券を3枚ずつプレゼントしてくれた。
 さて、その後のこと。短い放送時間だったにもかかわらず、反響は小さくなかった。ばんぺい湯にはじゃんじゃん電話がかかってきたし、Kさんにもわたしにも親戚や友人らから「観たぞ」「ハダカだったな」「顔が茹だっとったぞ」などとメールや電話が寄せられ、さんざん冷やかされた。
 いや、それよりなにより、年末・年始のばんぺい湯への入湯客が例年になくグッと増加したのだった。駐車場に車が入りきれずに混雑したし、ようやく館内に入ってみても、着替え場にも浴場にも大人や子どもがウヨウヨだった。やはり、全国放送の反響は想像以上に大きかったのであった。
 最初に記したことをくり返すが、わたしとしては日奈久温泉の人から声をかけてもらったのが嬉しかった。
 Kさんもわたしも、日奈久という町の中では「よそ者」であるに過ぎない。ただ、温泉が好きで、しょっちゅう温泉センターばんぺい湯とか旅館やホテルの湯に入りに行っている。日奈久では、あまり金がかからなくて済むのである。ばんぺい湯は1階の「本湯」が200円。2階の大浴場の方はサウナも露天風呂もあるし、体を洗うための石鹸や洗剤も備えられているのでさすがに520円だが、身体障害の人たちや70歳以上の高齢者(何を隠そう、わたしも該当者)は310円で入らせてくれる。他の旅館やホテルでも、おおむね300円。中には2カ所だけ500円とられるところもある。
 とにかく、良質の湯が湧き、気安く入浴を愉しめるのが日奈久温泉の魅力だ。だから、わたしなど一人暮らしだから、いちいち自宅の風呂を沸かしたり掃除したりするのが面倒で、しょっちゅう片道10キロ近く車を運転し、日奈久温泉に入りに行っている。
 そうすれば、自ずと顔を見知っている人たちが増えてくるのである。入浴者同士はいうまでもないこと、ばんぺい湯のスタッフの人たちとも、もうすっかり顔なじみ。いつも、入浴料を払う時や湯上がりの寛いでいる時など気軽に挨拶し、雑談したりして、仲良しだ。だから、支配人さんなどもこないだは気楽に声をかけてくれたのであったろう。
 本来ならば、地元の人にまず依頼するはず。それをさしおいて、わたしたちにまず言ってくれたのが、なんだかもうずーっと昔から地元に根づいているかのような、晴れがましい気分だ。というか、分け隔てなく扱ってくれてありがとう、と感謝したい気持ちである。
 何日か前も、支配人さんが、
「これからも、こないだのようなことがまたあれば、よろしくお願いしますね」
 と言ったので、
「はい、いつでも」
 と答えておいた。
 日奈久は、かつてはとても観光客が多くて栄えた温泉地なのだが、近年はすっかり寂れてしまっている、と、いつも日奈久町の人たちは嘆く。町が賑やかさを取り戻すためには、わたしたちとしても微力ながら協力してあげたい。腰にバスタオルを巻かなくてはならんのは、いささかシャクだけれども!  
 
  

▲日奈久温泉センターばんぺい湯 入って1階には売店があり、みやげ物の他に土地で採れた新鮮な野菜とか果物とか惣菜なども売ってある。だから、買物がてら入浴できるのである。1階の奥の方に「本湯」があり、2階が大浴場。