前山 光則
ひょんなことから鈴木義昭・著『夢を吐く絵師 竹中英太郎』(弦書房)を読んで、いや、なかなか面白かった。
竹中英太郎については、戦前、江戸川乱歩や夢野久作等の小説の挿絵を描いて人気があった、一昔前に映画評論家として活躍した竹中労の父親である、と、それぐらいしか知らなかった。しかし最近になって、英太郎が熊本県球磨郡相良村出身の小山勝清ともつきいあいがあって作品の挿絵も担当したらしい、と小耳に挟んだものだからこの本を読んでみたのだった。小山勝清は日本が太平洋戦争にのめり込む直前に『少年倶楽部』に「彦一頓智ばなし」を連載し、熊本県南地域だけに伝承されていた民話上の人気者を一躍全国の子ども達に広めた児童文学作家だ。戦後は童話や少年小説だけでなく、時代小説『それからの武蔵』をも書いて多くの読者を得た。この『夢を吐く絵師・竹中英太郎』を見てみたら、確かに竹中英太郎と小山勝清は親交があった。大正14年に小山が創刊されて間もない『家の光』に「福の神の村廻り」を書いた折り、英太郎が挿絵を担当したのがきっかけとなったようだ。連載「山国に鳴る女」の挿絵も毎号描いたのだという。そして住まいもお互い近かったらしい。
それにしても、この本でようやく異色の挿絵画家・竹中英太郎の全体像が見えた気がする。福岡から始まって熊本・東京・山梨と移り住んだ一生。神童扱いされていた少年が貧困の中から社会主義思想に目覚め、やがて生活のために挿絵を描く、官憲によって仕事の自由がそこなわれて来ると潔く筆を折り、鉄工所を興す。戦後は山梨日日新聞社に入って記者をするし、組合活動家としての活動も続ける。やがて、映画評論家となった息子の勧めるままに再び絵筆を執って妖しい光芒を放つ絵師が復活を果たすのだ。壮大なドラマがこの1冊に物語られていた。
竹中英太郎独特の、それこそ夢を吐くような趣きの挿絵がたくさん載せてあるのも楽しめた。しかし、一番感心したのは絵筆を折っていた頃の英太郎である。挿絵画家として売れに売れた頃のことは、まわりの人たちにほとんど語らなかったのだという。過去は過去、今は今。この潔さ。本物って、こういう人のことなのだな、と深く頷いたことであった。その本物を追っかけて、掘り下げて、読み応えある1冊にまとめ上げたのだから、著者・鈴木義昭もまた物書きとして根性者なのだ。
(2010年5月8日〈土曜〉)