第17回 本を読んだり出かけたり

前山 光則

 暦の上ではすでに秋になったとはいえ、まだ涼しくならない。残暑厳しいどころか、猛暑の連続である。
 しかし負けてはいない。8月14日、読書に熱中した。三原浩良・著『古志原から松江へ』(今井書店)という本だ。島根県内の一区域が舞台になっているのだが、行ったこともないし予備的な知識もなくて興味が持てそうになかったものの、パラパラと目を通すうちに引き込まれた。読むのが止められないのだ。とうとう1日かけて読了した。
 著者自身が、1冊のあらましをこう要領よく説明してくれている。

 「松江藩になかば強制されて移住した人々が、苦労して水のない荒地を開墾してきたが、わずかの水田はことごとく隣村の所有となり、米を作れなかった。そのため年貢を米納できず、野菜や雑穀を換金して銀納していた。
 ようやく開拓なったころ、畑地のかなりを藩の銃砲射撃場や矢場にとられてしまう。
 さらに日露戦争後には畑地の大半を陸軍歩兵連隊用地に献納させられた。そして敗戦、兵営には占領軍がやってきた。」

 今は松江市の一部となっている古志原、その狭い地区も掘り起こせば困難な自然環境やその時々の荒波に翻弄されざるを得なかった営み・歴史が浮かび上がってくるのだ、ということをこの本は教えてくれる。随所に織り込まれる個人的な思い出話も活き活きしている。著者はこの古志原に生まれ育った人だそうである。長年にわたって仕事のため故郷を離れていた後、久しぶりに帰郷し、暮らしてみて改めて浮上するものがたくさんあったのだと思われる。故郷再発見作業の成果がこの『古志原から松江へ』1冊となったわけだ。
 翌日は、朝から友人と一緒に熊本県八代市と水俣市の間の旧国道をドライブした。赤松太郎峠・佐敷太郎峠・津奈木太郎峠の3つをあわせて「三太郎峠」だ。赤松太郎峠の入り口付近は旧国道と江戸時代の薩摩街道の双方に石橋が遺っていて、風情があった。小川の水がまたきれいで、小魚がたくさん泳ぐ。「残念なのは、河童がいないことだな」と友人が言った。ほんとに、深みもなくて水遊びにはもってこいの場所なのに子どもたちの姿が見えない。みんな、どこにいるんだ?
 現在の国道3号線と違って旧国道はちっとも対向車に出会わず、そして涼しい。佐敷太郎峠をだいぶん登ったあたりで眼下に不知火海が広がった時には、「ワーオ!」と歓声を上げてしまった。絵のような、というより絵なんかよりずっと美しい風景だった。
 暑い暑いと愚痴ってても仕方ないわけで、こうして外へ出かけたり面白い本を読んだりすると、なにがしかの功徳があるもんだな、と思った。
2010年8月20日

▲石橋。昔の薩摩街道。風情があるし、
川の水がきれいで、小魚がたくさん泳いでいた。

▲峠からの眺め。この辺はリアス式海岸である。
遠くに見えるのは天草島。