第25回 股旅ものに瞼うるうる

前山 光則

 毎日代わり映えしない生活をしていても、たまには良いことがあるものだ。女房が芝居の招待券を2枚貰ってきたのである。「第29回全国座長大会in熊本」とある。熊本市を拠点にして活躍する玄海竜二の芸能生活50周年記念を兼ねた催しのようである。おお、行こう!10月22日(金曜)、夫婦で熊本市の崇城大学市民ホール(市民会館)へ出かけたのであった。
 午後5時半開演の夜の部を観たのだが、収容人員およそ1600人のホールは8割方埋まっていた。ご高齢、ご妙齢の人たちばかり。皆さん嬉しそうな顔である。口上から始まって、舞踊、芝居、再び舞踊、最後は華やかな花魁(おいらん)ショーと続き、9時半まで延々と楽しませてくれた。さすが座長大会、座長を初めとする役者全員が顔見せするにはそれくらいの時間が必要なのだろう。

▲座長大会のチラシ。チラシに映っているのは
玄海竜二。熊本でたいへん人気のある役者だ。
格好良いのだ。演技も良いし、歌も踊りもうまい

 玄海竜二、滝夢之助、筑紫桃太郎、姫川竜之介、市川市二郎、橘菊太郎などと役者名が出るだけで一つの雰囲気ができあがる。またその舞踊や演技の上手なこと。若くて男前の役者には、ファンが舞台の方へすり寄ってご祝儀の1万円札をプレゼントする。何枚も、散らばらぬようにピンで止めたりして、慣れたものである。役者はファンへ手を合わせて感謝したり、格好良く見栄を切って見せたりする。
 芝居は長谷川伸原作の「関の弥太っぺ」1本だけだったが、股旅ものはやはり客を笑わせながら泣かせながら楽しませてくれる。不遇の身でやくざ渡世に入った弥太っぺこと関本の弥太郎。亡き弟分の幼な子を商家に預ける際に50両をぽんと差し出すのも胸が痛むし、10年経ってその娘も適齢期。だが、自分を助けてくれたおじさんと再会できぬことには嫁にも行きたくない、会いたい、というのがいじらしい。弥太っぺは会いに行くが、そこには別なやくざが「おじさん」を騙(かた)って居座っていた。しかも、それは実は旧知の男。弥太っぺは男を厳しく諫めて改心させた後、娘には本当のことを告げずに商家を去って行くのであった…。活字で読むなら通俗的で鼻白むが、役者たちの名演技に観入っているとついつい瞼がうるうる潤んでしまう。
 また観たいものである。それも、座長大会だとどうしても顔見せ興業だから、大きな町の大ホールが会場となる。そうでなくて、一座がどこか温泉町の大広間なんぞで上演する時が良い。2年前には、旅行中、群馬県の猿ヶ京温泉の温泉センターで木内竜喜の「竜劇隊」の芝居を観た。観客わずか16、7人。演目は「小原庄助さん」だった。酢昆布を囓りながら観劇したが、めでたしめでたしの最後、拍手がパランパラン。侘びしかったものの、あれは旅情が湧いたなあ、と今でも満足感が甦るのだ。

▲公演の最後を飾る花魁ショー。絢爛豪華。
招待券は2階席指定。2階席からはどうしても
迫力ある写真が撮れなかった。1階に降りて
かぶりつきから迫ればよかったのだよなあ、
と自分の内気さが悔やまれる