前山光則
前回、石川啄木の短歌について触れたが、よく見直してみると、引用した作品はすべてこの人の第一歌集『一握の砂』所収のものばかりである。つまり、高校時代のわたしはこの『一握の砂』に入っている作品を好んで暗唱したことになる。いや、このことについては長らく無自覚なままだったが、最近になってふと気づいたのだった。
今、手もとに置いているちくま日本文学全集『石川啄木』の巻末年譜によれば、『一握の砂』は明治43年(1910)12月に刊行されている。そして、啄木にはもう一つ翌々年の6月つまり没後二ヶ月して出たという第二歌集『悲しき玩具』があるわけだ。
では、その『悲しき玩具』の方にはどのような作品が収められているのか、といえば、
呼吸(いき)すれば、
胸(むね)の中(うち)にて鳴(な)る音(おと)あり。
凩(こがらし)よりもさびしきその音(おと)!
巻頭に載っているのは、この歌である。凩よりもさびしい音が胸の内に鳴っている、というのだが、何だったろう。精神的なものを象徴的に言っているのだろうが、それにしても「凩(こがらし)よりもさびしき音」なのである。これは、どうも、自らの身体を蝕んでいた病いそのものも表されているのかと思われる。
なつかしき
故郷にかへる思ひあり、
久(ひさ)し振(ぶ)りにて汽車に乗りしに。
何となく、
今年(ことし)はよい事あるごとし。
元日の朝、晴れて風無し。
あやまちて茶碗(ちゃわん)をこはし、
物をこはす気持のよさを、
今朝(けさ)も思へる。
そう、つまり、日常の生活の中で湧いてきた思いを3行分けで詠う、という方法。啄木の中で、これはすでに完全に定着していたのであった。1行で書き表わすやり方では決して出てこない味わいが、鑑賞できるのである。言うなれば、1行でスルスルとは表現し得ない内面の思い、心の中の呟き。啄木は、そうしたものを自分独自の表現方法で提出しつづけたわけだ。
『石川はふびんな奴(やつ)だ。』
ときにかう自分で言ひて、
かなしみてみる。
ぢつとして寝ていらつしやいと
子供にでもいふがごとくに
医者のいふ日かな。
あたらしきサラドの色の
うれしさに、
箸(はし)とりあげて見は見つれども――
自らのことを「石川はふびんな奴だ」と言ってみたり、医者のアドバイスをさりげなく歌に詠んだり、あるいはまた新しいサラダの色を見て湧いた思念を書き留める。啄木の歌境は、こうした3行分けの中に活き活きと表されている、と言えよう。
いま、夢に閑古鳥(かんこどり)を聞けり。
閑古鳥を忘れざりしが
かなしくあるかな
閑古鳥――
渋民村(しぶたみむら)の山荘(さんさう)をめぐる林の
あかつきなつかし
そして、懐かしきふるさと渋民村への思い。望郷の念が湧く時、閑古鳥つまりカッコウが登場する。この鳥は、それほどに啄木の中で印象深いものだったのだ。
ともあれ、啄木の中でふるさとはそのようにも熱く意識されたので、
今日もまた胸に痛みあり。
死ぬならば、
ふるさとに行きて死なむと思ふ。
このような歌も詠んでいる。実際の啄木は、故郷では死ねなかった。明治45年(1912)4月、東京にて肺結核により26歳の若さで逝ってしまうのだが、本人の思いはいつもカッコウの啼く岩手県北岩手郡渋民村へと向いていたのであったろう。
すこやかに、
背丈のびゆく子を見つつ、
われの日毎(ひごと)にさびしきは何(な)ぞ。
まくら辺(べ)に子を坐(すわ)らせて、
まじまじとその顔を見れば、
逃(に)げてゆきしかな。
お菓子貰(もら)ふ時も忘れて、
二階より、
町の往来(ゆきき)を眺(なが)むる子かな。
児(こ)を叱れば、
泣いて、寝入りぬ。
口すこしあけし寝顔にさはりてみるかな。
啄木の子は、明治39年(1906)12月に長女・京子が生まれている。明治43年(1910)10月には長男・真一が生まれたが、生後3週間で死んでいるので、ここで詠まれている「子」というのは長女の京子のことであろう。やはり、啄木にとってわが子は実にかわいいものだったと思われる。
薬のむことを忘れて、
ひさしぶりに、
母に叱られしをうれしと思へる。
ある日、ふと、やまひを忘れ、
牛の啼(な)く真似(まね)をしてみぬ、――
妻子(つまこ)の留守に。
庭のそとを白き犬ゆけり。
ふりむきて、
犬を飼(か)はむと妻にはかれる。
薬を飲むのを忘れてしまって母親に叱られたり、妻子が外出して家に一人でいる時に牛の啼く真似をしてみたり、妻に向かって「犬を飼はむ」と言ってみたり、そのような日常の細々したことを詠んでいる。このように、三行分けのいわゆる「啄木調」は、すでにしっかりと定着していたのであった。
そして、この第二歌集『悲しき玩具』の方は、みずみずしい叙情に満ちた『一握の砂』に比べて、何というか、そう、痛々しさのようなものが目立ってくる。正直なところ、読み進めるほどにつらくなるのだ。つまり、作品の裏側に進行しつつある退っ引きならぬ現象が偲ばれるなあ、と、どうも読者としてはそのような気持ちである。
2026・4・1