2026年5月2日(土)西日本新聞
中国の国家副主席だった習近平氏が2009年、北九州市を訪れる機会があった。習氏は、中国の革命家、孫文の書がある安川電機創業者の安川邸への訪問を所望し、福岡の政財界の人々が付き添いご案内した。
安川敬一郎は福岡で結成された政治結社・玄洋社の一員で、日本に亡命してきた孫文を支援した。書は1913年に安川邸を訪れた孫文が贈ったものとされる。
時は流れて、2015年。福岡の近現代史に詳しい歴史作家の浦辺登さんを講師に招き、玄洋社を学ぶ連続講座が福岡市で開かれた。浦辺さんによると、開講にはこんな前段があったという―。
安川邸を訪れた習氏が玄洋社について話題を振ったところ、その場にいた人々は玄洋社をよく知らず困ってしまった。極右団体というレッテルを貼られ、「玄洋社」という言葉自体がタブー視されていたころだ。さらに、中国の経済成長とともに、中国と福岡の民間企業が関係を深めるようになってくると、「福岡といえば玄洋社」と話題に上ることが増えてきた。「知らない」ではすまされない。「玄洋社を知らない? そんなところとの取引はお断り」と断られた企業もあったという。
中国の人々が知っているのに福岡ではよく知られていない玄洋社。これはまずいと、財界の人々が中心になって玄洋社のことを学ぶ機会が設けられた。そこに講師として呼ばれたのが浦辺さんだった。15~16年、毎月1回全5回の講座が実施された。本書はこの講座の内容を中心にまとめたものである。レッテルは誰が貼り、なぜタブー視されていたのか。玄洋社とは何者だったのか。本書に詳しく書かれている。=弦書房(福岡市)・大山彩子(2017年刊・2200円)
この記事の中で、2009年当時中国の国家副主席だった習近平氏が北九州市を訪れ、「孫文の書がある安川邸への訪問を所望し、福岡の政財界の人々が付き添いご案内した」とある文章について、誤解のなきよう〔注〕を付しておきます。
〔注〕「安川邸」⇒福岡の政財界では、安川グループの複数の関連施設(安川邸、安川電機本社、旧松本邸、九州工業大学など安川家ゆかりの関連施設)を含めての総称として使っているようです。この記事では、安川電機本社といわれています。
〔注〕「訪問を所望し」⇒孫文を支援した安川敬一郎氏ゆかりの場所への訪問を積極的に希望し、その折、安川電機本社にて孫文の書「世界平和」を初めて見せられて驚いたといわれています。
(以上は、西日本シティ銀行広報文化部編「九州流9号」2021年12月発行、および『玄洋社とは何者か』著者・浦辺登氏の解説から)